常に常識の逆を行く“ロート製薬のDNA” シェア奪還に向けた商品革命の歴史

イメージ

2016年2月22日

ロート製薬といえば、本社の社屋前をハトが飛び交うCMでお馴染みの目薬の会社というイメージが強いと思います。もっとも、近年は目薬だけでなく、スキンケア事業やアグリ・ファーム事業、再生医療事業など、新たな分野に事業を広げ続けています。しかしそれは、目薬の分野で培われてきた“ロート精神”があってこそ。目薬を今の形に変えたのは、実はロート製薬が最初だということをご存知の方は少ないかもしれません。今回はロート目薬の歴史とともに、そんな革新の一部を振り返ってみましょう。

「誰もやらないことをやる!」今に受け継がれるロート精神のはじまり

ロート目薬が誕生したのは、1909(明治42)年のこと。日本にはもともと眼病患者が多く、日露戦争終結後には、伝染性の慢性角結膜炎トラホームの流行もあり、目薬の需要はさらに高まっていました。そこで、東京眼科病院の井上豊太郎博士の協力を仰いで完成したのが、ロート目薬。井上博士は、ミュンヘン大学のロートムント博士に師事し、最新の目薬の処方を譲り受けていた眼科医界の権威と呼ばれる人でした。

▲当時販売されていた「ロート目薬」の瓶。スポイトで薬液を吸い取り、点眼していました。

これがロート製薬初の目薬。ここにすでに企業文化のコアがすべて詰まっています。まずは、「ロート目薬」というネーミングセンス。カタカナの商品名など、ほとんどなかった時代でした。新鮮さと、これからの時代にマッチするのではという考えのもと、思い切ってロートムント博士の名前から拝借した「ロート」というフレーズ。ロート製薬のスローガンは、「NEVER SAY NEVER」(不可能は絶対にない)ですが、まさに現代に伝わる「誰もやらないことにこそ、あえて挑戦していくDNA」が生まれた瞬間でした。

目薬業界に大改革を起こした「容器一体型点眼瓶」の発明

▲当時の新聞広告。「シマズ イタマヌ」のコピーが効いている。

また、広告展開も積極的に行いました。「シマズ イタマヌ ロート目薬」(目にしみない/痛まないの意味)というキャッチフレーズからは治療効果だけでなく、さし心地にもこだわっていたことがうかがえます。

こうして業界に衝撃を与えたロート目薬でしたが、なかなかトップシェアには届きませんでした。注目を浴びるようになったのは、「滴下式両口点眼瓶」の発売からです。それまでの目薬は、目薬の容器と点眼器(スポイト)が別々になったスタイルでした。これをひとつにしようと考えられたのが、下の写真にある容器です。ガラス瓶の上部にゴムのキャップをはめ、ゴムを押すと下の穴から目薬が出るという設計はその後、特許を取得。1931(昭和6)年4月に全国一斉発売するやいなや大きな反響を呼び、ロート目薬を一躍トップブランドに押し上げました。この新容器の発明がいかに革新的だったかがわかりますね。

▲新容器の発明が、その後のロート目薬の運命を変えたといっても過言ではありません。

革新的な発明はこれにとどまりません。この後もロート製薬では、時代のニーズをとらえた使い心地のよい容器を次々に生み出していきます。1964(昭和39)年には、「V・ロート」で初のポリカーボネート樹脂容器を採用。容器が格段に軽くなり、押すだけで点眼することができるようになりました。

▲Vロートはその後も改良を重ね、ロートブランドの基礎を作る存在に。

1973(昭和48)年には、おしゃれで新しい感覚の容器というコンセプトのもと、マニキュア型容器を開発。この「なみだロート」は女性に訴えかけヒット商品となりました。1987(昭和62)年には、「ロートジー」を発売。指でひねって開けるワンタッチタイプのツイスト式キャップとスリムなスクエアボトルが若者の心を捉え、「カッコいい」と評判になりました。当時の流行をうまく捉えたアイディアばかり。商品を見ただけで時代が透けてみえるような面白さがあります。

▲女性たちにとって「マニキュア=おしゃれ」という感覚だったことがうかがえます。

今では当たり前のキャラクター付き目薬もロート製薬が初!?

また、同時に商品の細分化も進めていきました。画期的だったのが、「こどもVロート」。パッケージにイラストを入れるのは、目薬業界では初の試みでした。お子さんに親しんでもらえるよう、あえてイラストを入れたのです。今でこそキャラクターもののパッケージを使った医薬品は常識になりましたが、初めて挑戦したのはロート製薬だったのです。

▲医薬品に厳格さが求められていた時代、イラストを使うことは一部から反対の声があがることもあったのだとか。

機能を細分化した理由には日本が高度経済成長に突入し、目薬業界も成熟産業になっていったことがあげられます。世の中の衛生環境がよくなるにつれ、目薬の役割が「治療」から「目の健康維持」へと変化。さらに「年齢」や「機能」によるターゲットの細分化が進んでいきました。子ども、若者、中高年向け、また花粉対策やコンタクトレンズ用など、お客さまのさまざまなニーズに対応する商品が続々と開発され、目薬市場も大きく成長していったのです。世界中で、これほど多くの目薬商品群があるのは、日本だけなのです。

ニュースタンダードを生み出し続けるロート製薬の目薬たち

こんなのもありました。お客さまへのアンケートハガキを1952(昭和27)年に最初に商品に同封したのもロート製薬です。抗生物質を配合した「ロートペニマイ目薬」に同封され、お客さまのよろこびの声や貴重な意見が沢山届きました。なんと、わずか2日で256通もの返信があったのだとか。お客さまの声を第一に聞いて、商品開発に活かす。これ、今では基本ですよね。目薬だけではなく、さまざまな分野で今のスタンダードを最初に始めたのがロート製薬なんです。

ロート製薬のDNA、理解していただけたでしょうか。きっとこれからも、次世代のスタンダードをつくっていくはず。それはもしかしたら、目薬の分野にとどまらないかもしれません。どちらにしてもロート製薬から「目」が離せません!

▼アイケアサイト
http://jp.rohto.com/learn-more/eyecare/

文:神田桂一+プレスラボ

あわせて読みたいオススメ記事