目薬に留まらない、日本とミャンマーを繋ぐ理由

2016年9月27日

「世界でもっとも失明率が高い国のひとつ」と言われるミャンマー。その背景には、眼科医の不足や目のケアに対する意識の低さがありました。このような状況を知り、「目の健康をサポートしたい」とロート製薬が立ち上がったのは1996年のこと。それから20年にわたる、ミャンマーでの取り組みを振り返ります。

「目が真っ赤でも放置してしまう」。ミャンマーの深刻な現状とは

1996年から、ミャンマーでの活動を始めたロート製薬。異国の地での活動を決断したのは、目の健康に関するミャンマーの厳しい現状を変えたいと思ったからでした。

慢性的な眼科医不足や、人々のアイケアに対する意識の低さは深刻でした。
ロート・メンソレータム・ミャンマーのディレクター(取締役)を務める篠田俊輔(しのだしゅんすけ)は、「ミャンマーでは目が真っ赤になっても、放置している人が多かった」と当時の状況を話します。

▲ロート・メンソレータム・ミャンマーのディレクター(取締役)を務める篠田俊輔(しのだしゅんすけ)

「眼科医が少ないことに加え、目のセルフケアや予防という観点はほとんどなく、目薬を日常的に使う文化もありませんでした。この意識が元となって、本来は防げるはずの不要な失明が多発していたのです。一度失明してしまうと、彼らは職を失って生活に困窮し、その子どもも貧困に陥ります。失明が貧困の連鎖を招いている現状を知り、目の健康を考えてきたロートだからこそ、何か役に立つことができないかと考えたのです」(篠田、以下同)

何より実現したかったのは、目のケアに対する意識を高めること。そのために、まずは現地での目薬の導入を目指しました。

「96年当時、目薬はあるにはあったものの、種類はとても少なく、薬局には一昔前の抗生物質を使った目薬も置かれていました。しかも目薬をさす文化はほとんどなく、一方でハーブのような草のエキスを目に塗るという現地特有の伝統療法などが用いられていたのです。この状況でいきなり目薬を一般販売しても理解してもらえません。そこで、まずは眼科医を通して、目薬を広めていったのです」

ミャンマーで新たな薬として認められるには、「多くの手間や時間がかかった」と篠田は言います。それでも日本や他国の事例などを元に話し合いを重ね、96年の終わり頃には医療用医薬品として認められました。

「しかし、本当の意味で目のケアを浸透させるには、日本と同様、OTC医薬品(※薬局などで一般販売できるもの)として認可される必要がありました。処方箋が必要となると、そもそも眼科医の少ないミャンマーでは手に入れることが難しいのです」
ここから、よりたくさんの人に使っていただくために、OTC医薬品を目指した新たな取り組みが始まりました。

「目薬のさし方」から、現地に合わせて一歩ずつ

▲現地ドラッグストアの店頭に並ぶロート製品の看板

ミャンマーでは、それまで正式にOTC医薬品として認可された目薬はほぼありませんでした。しかし、医療用目薬の実績や、眼科医や使用者からの信頼もあり、何年もの交渉を経て、2001年にロート製薬の目薬はOTC医薬品に認可されます。

当初はまだまだ認知度も低かったため、売れるのは年間で数百個程度。また、日本とは国の事情も当然違うため、突然外資系企業の輸入が禁止となり、7カ月間商品を供給できなかったこともあります。それでも「地道にアイケアの大切さを訴え、現地の人と触れ合い、できることを続けていきました」と篠田は話します。

とはいえ、OTC医薬品となってからも一筋縄ではいきません。ミャンマーでは目薬が一般的ではないため、日本人からすれば当たり前のことでも、きちんと説明し、理解してもらう必要があったのです。

「日本人は当然のように上を向いて目薬をさしますが、ミャンマーの人は使い方がわからないので、下を向いたままさそうとしたり、先端を目に入れようとしたりする人もいました。点眼した瞬間のヒヤッとした感覚に、最初はびっくりして怒る人もいたくらいで(笑)。そこは誤解を与えないよう、現地の人と話しながら、深いコミュニケーションで理解を促しました」

▲ミャンマー社での集合写真

2011年には、初めて目薬のテレビ広告を実施。その内容は、目薬をさすと赤くなった目が白くなるというビジュアルを見せて、目薬の機能をわかりやすく説明したもの。OTC医薬品と認められたことでこうした広告も可能となり、目薬でケアすることの大切さを、より多くの方に広める後押しになりました。

白内障治療に眼科医の育成…異国でのチャレンジは続く

▲白内障手術の技術指導を受けるミャンマー人医師たち

目の健康の大切さを広めるため、ロートは他にもさまざまなことを行いました。そのひとつが、各地の薬局を回っての眼科検診。お客さまを対象に検診を行いながら、目の赤みやかすみ、かゆみを放置することのリスクを説明しました。

もうひとつ、ミャンマーで力を入れたのは「白内障」への対策です。

「実はミャンマーで失明する原因として一番多いのは白内障なんです。ほとんどの白内障は手術で治せるのですが、ミャンマーではその理解が進んでいないため、防げるはずの『不要な失明』が多くありました。そこで、10月10日を『アイケアデイ』と名付け、その時期に地方の病院を回り、白内障治療や白内障の手術に使われる眼内レンズを無償で提供する活動を続けています」

▲白内障治療を受けた人びと

20年にわたるミャンマーでの活動の歩みを振り返り、「ミャンマーの人たちはみんなピュアで、擦れていません。家族を大切にし、貪欲に成長を求めます。この人たちを笑顔にできたらいいなという思いが最大の原動力になったと思います」と篠田は話します。

そして今後は、「ミャンマーと日本を繋ぎ、眼科医の育成にも力を入れたい」とのこと。日本の技術や経験を生かした、現地眼科医の技術向上、人材の育成や環境の整備は急務といえます。たとえば、JICA(国際協力機構)と協力して、ミャンマーの若手眼科医を日本に招き、手術を見学してもらうことで技術を共有するなど、すでにいくつかの取り組みを実施しています。

▲技術指導者のもと白内障手術用医療機器を操作するミャンマー人医師

「少しずつ進んではいますが、それでもまだ十分とは言えません。薬局に置かれているOTCの目薬も5種類ほどですから、20年やってきたことをさらに加速させたいですね。また、肌や健康面へのセルフケアについても、今後は貢献していく必要がある。それが、ヘルスケアのトータルカンパニーとしての務めだと思っています」

失明を無くしたい―。その思いから生まれた活動は、アイケアにとどまらず、今後もまだまだ続いていきます。


取材・文:有井太郎+プレスラボ

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