ロート製薬 × アイケア

難しいからこそ、やる意味がある。

ロートの目薬第一号は、1909年に発売した「ロート目薬」。流行していた眼病を治療するために開発され、当時珍しいカタカナの商品名を採用し、業界に衝撃を与えました。
昔の容器は目薬瓶と点眼器が別々でしたが、苦労の末、1931年に一体型の容器「滴下式両口点眼瓶」を開発。日本初の画期的な容器が注目され、「ロート目薬」は一躍トップブランドに。
1964年には「V・ロート」を発売。目薬が「治療薬」から「保健薬」へと変わり、大胆な広告戦略も実施。その後も「子どもV・ロート」では初めての漫画イラスト入りのパッケージ、「ロートジー」ではスリムなスクエアボトル、「Cキューブ」シリーズではコンタクトレンズケア剤をドラッグストアで発売と、「誰もがやらないことを、やる」精神で、挑戦を続けてきました。
今では世界の様々な場所で、ロートの目薬が販売されています。これからも、世界中の目に健康を届けるために。ロート製薬の「目」への挑戦は、まだまだ続きます。

NEVER SAY NEVER For Eyes

小さな点眼瓶に隠された、挑戦の歴史

ロート製薬は1899年に胃腸薬「胃活」で創業後、10年後の1909年に初の点眼薬「ロート目薬」を発売しました。
1931年には「滴下式両口点眼瓶」を開発。上部のゴムキャップを押すと下の穴から目薬が一滴出るという設計は、目薬業界に革命を起こしました。当時、旧品をすべて新型容器と交換する等、普及のための積極的な施策を実施し、一気に市場での首位を勝ち取りました。
その後、抗菌成分「ペニシリン」が万能薬として世間を風靡。後発となったロートは、「ロート独自の理想的な抗菌目薬を作ろう」とペニシリンにストレプトマイシンを組み合わせ、新目薬「ロートぺニマイ目薬」を発売。日本初となるお客さまアンケートはがきを一つひとつに封入し、近代のマーケティングの走りとなるビジネスを実施。確かな効き目によりロートブランドの信用・名声はさらに高まり、多くのよろこびの声が寄せられました。
1964年には「V・ロート」を発売。高度経済成長とともに人々の生活も変わり、目薬が「治療薬」から「保健薬」へと変わりました。その後も「お客さまが本当に求めるものは何なのか?」を考え、その時代のお客さまのニーズにあった商品開発を続けてきました。
ロート製薬の「誰もがやらないことを、やる」「挑戦する」というDNAは、はるか昔から脈々と流れ、今もなお引き継がれています。明日の世界を創るため、ロート製薬は挑戦を続けます。


アイケアサイト

見えるよろこびを届けたい その想いに、国境はいらない

ベトナムをはじめとするアジア各国では無料眼科検診や、「ロート・インドネシア社」の製品である白内障治療用眼内レンズの無償提供を実施するなど、「見ること」へのサポートを積極的に提供しています。
一方、日本では、次世代を担う子どもたちに薬の正しい知識を知ってもらうための「薬育」活動を行っています。社員が学校に出向いて薬の選び方と使い方を、実験や実演を通して伝える「薬育出前出張授業」を2007年より実施。子どもたちに目薬のさし方練習や、薬の飲み合わせを目の前実験で体感してもらう等、楽しみながらくすりを身近に感じてもらっています。
また、2012年より、中学保健体育の授業で「くすり教育」が義務化されました。この授業内で使用するための「薬育プログラム」を開発。先生には解説付きの教材も準備し、先生方が自分達でくすりの授業を行えるようにしました。「薬育」活動で培ったノウハウをもとに、目の前実験や実際の薬の空箱を用いての授業をして頂けます。
目薬の選び方やさし方は、なかなか教わることがなく、親から子へと伝わるのが一般的です。正しい知識をつけてセルフメディケーションを理解すること、それがアイケアを広げる第一歩だと信じています。