
品質をいかにして守り抜くか。
製薬業界の使命と品質文化への挑戦。
櫻井 信豪
藤田 朋子(ロート製薬 信頼性保証部)
公開日:2025年6月24日
内容、所属、役職等は公開時のものです
近年、製薬業界では不正や健康被害につながる事故が相次いで発生し、大きな問題となっています。ロート製薬ではこうした問題を対岸の火事とせず、あらためて「医薬品の品質」に向き合う契機であると捉え、さまざまな取り組みを進めてきました。2022年には、新しい品質方針を導入し、全社員への周知徹底を進めています。
ロート製薬の製品すべての品質を最終チェックする「品質保証」の責務を負う信頼性保証部に所属する藤田朋子は、「医薬品における品質は、何よりも優先されるべき最重要事項です。私たち品質部門の人間だけでなく、ロート製薬で働くすべての人がその重要性を認識する必要があります」と語ります。
会社の一人ひとりが、品質に向き合いながら仕事をする——言うのは簡単ですが、それを実現するためには社内全体に「品質文化」を醸成していく、継続的な取り組みが欠かせません。そこで今回は、医薬品や再生医療などの品質を確保するための「GMP」に関する研究に取り組む、東京理科大学薬学部教授の櫻井信豪先生を訪問し、藤田との対談を実施。
製薬会社、さらには業界全体に品質文化を醸成していくにあたっての課題や、必要な取り組み、そのなかでロート製薬が果たすべき役割などについて語り合います。

櫻井 信豪東京理科大学 薬学部薬学科 医薬品等品質・GMP講座 教授
東京理科大学大学院薬学研究科修了(薬剤師)。製薬企業で19年にわたり医薬品の研究・技術開発、品質管理、品質保証に携わった後、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)にてGMP等の品質管理業務を担当。2020年、東京理科大学 薬学部 薬学科 医薬品等品質・GMP講座の教授に就任。

藤田 朋子ロート製薬 信頼性保証部
ロート製薬株式会社に入社後、研究開発や薬事業務などを担当。2010年に品質部門へ異動し、現場での品質管理体制の強化に取り組む。2023年より信頼性保証部副部長として、製品の品質保証業務を担う。「品質部門は顧客との信頼をつなぐ最後の砦」という信念のもと、安心・安全を守るための仕組みづくり及びロートグループにおける品質文化の醸成に尽力している。
医薬品がお客様に届く前の「最後の砦」。
ロート製薬の品質を支える、 信頼性保証部の役割とは?

——はじめに、お二人の仕事内容や専門分野についてお伺いします。まず、藤田さんが所属するロート製薬の品質部門での具体的な業務内容を教えてください。
藤田 ロート製薬の医薬品は、大阪工場、上野テクノセンター、各地の協力会社の工場で生産されています。これらの工場で製造される製品の品質を守ることが、私たち品質部門の重要な役割です。具体的には、製造開始前に監査を行い、ロートの製品をつくるのに適した環境や設備、体制が整っているかを確認します。
——製造開始前だけでなく、その後のフォローアップも行われているのですね。
藤田 はい、その通りです。製造がスタートしてからも定期的に監査を行っています。また、必要に応じてやり方を変えたり、トラブルが発生した場合は工場のみなさんと一緒に解決策を講じるなど、高品質の製品を安定して生産できるようにサポートしています。
また、最終的な出荷の可否を判断するのは私たち信頼性保証部の役割です。「私たちの後工程はお客様」と言っていますが、私たちはお客様、患者さんに医薬品が届く前の「最後の砦」です。その責任の重さを感じながら仕事をしています。
さらに、お客様からの品質や安全性に関するお問い合わせは品質部門が対応しています。たとえば、「箱が破れていた」「ポンプが押せない」といったものもあれば、「使用後に湿疹が出た」といった健康に関わる内容のものも。こうしたなお問い合わせに対し、製造所への確認、同様のお問い合わせの確認など行った上で、お客様にフィードバックしています。
——櫻井先生は医薬品や再生医療等製品などの品質を確保するための、「GMP」に関する研究に長く取り組んでおられます。このGMPとは、どういったものなのでしょうか?
櫻井 GMPは「Good Manufacturing Practice」の略で、「製造管理及び品質管理に関する基準」を指します。つまり、医薬品を製造する過程で適切に管理が行われているかの要件をまとめたもので、日本だけでなく世界の国々で整備されてきました。医薬品の製造業者は「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(GMP省令)」を遵守して製造を行うことが義務付けられ、日本では現在、国際的なGMPガイドライン(PIC/S)に基づいたGMP省令が反映されるようになっています。
〈 GMPの三原則 〉
- 人為的な誤りを最小限にすること
- 医薬品の汚染及び品質低下を防止すること
- 高い品質を保証するシステムを設計すること
——2020年には東京理科大学に国内初となるGMPの講座(医薬品等品質・GMP講座)が設置され、櫻井先生が教授を勤めておられます。
櫻井 米国やEUでは薬剤師教育のなかにGMP教育が組み込まれていて、大学から製造現場にもGMPに精通した人材がしっかりと配置される体制が整っています。一方、日本の大学にはこれまで、GMPを体系的に学べる場がほとんどありませんでした。その結果、企業間で「GMP人材」、特に品質保証を実践できる人材の奪い合いが起きているのが現状です。製薬会社や大学が、いかに画期的な創薬シーズ(医薬品候補物質)を研究していたとしても、それを国内で実用化(製造・販売)につなげるスキルを持った人材が圧倒的に不足している。この現状を変えるためにも、学生に対する医薬品の品質確保の考えやGMP教育は欠かせないと考えています。
国内の製薬会社で相次ぐ不祥事。
その要因は?
——櫻井先生と藤田さんは、この対談以前からコミュニケーションを取られているそうですね。
藤田 私から櫻井先生にコンタクトを取り、アドバイスをいただいてきました。というのも、昨今の製薬業界では不正やミスによる業務改善命令が繰り返されていますし、製品の品質に関する問題もありました。製薬会社の品質部門で働く者として、自社では同様の問題を起こすわけにはいきません。これまでも、社内全体で品質に対する意識を高める取り組みを行なってきましたが、今後、会社としてさらに「品質文化」を醸成していくためには何が必要なのかを、櫻井先生にご教示いただいています。
——なぜ、国内でミスや不正、事故が頻発してしまっているのでしょうか?
藤田 さまざまな要因があると思いますが、やはり人材不足の影響があるのではないでしょうか。特に、様々な視点から「自分で考えられる人」が減っているように感じます。品質保証やGMPの知見があり、自分で考え行動できる人であれば、例えば承認書から逸脱した製造方法を指示された際に、『このやり方はおかしい』と気づくはずです。しかし、考える力や判断力が不足している場合、指示された通りにただ従って製造を進めてしまい、その結果、意図せず不正につながってしまうこともあります。櫻井先生がおっしゃるように、根底には人材不足、教育不足の問題があり、品質に対してアンテナを張れる人を増やすことの重要性を痛切に感じています。
櫻井 日本では医薬品を製造する前に厚生労働大臣や地方自治体に申請を行い、「製造方法や品質管理の試験方法など」に対する承認を取ることが義務付けられています。当然、その承認書と異なることをやってしまうと違反になるわけですが、近年は組織ぐるみで違反を隠蔽する企業も。その結果、毎年のように行政処分が続いてしまっているわけです。
不正が起こる背景の一つには、製造現場における「想像力の欠如」もあるのではないかと思います。つまり、自分がつくった医薬品が、最終的に「誰に」「どんな形で使われるか」をイメージできていない。たとえば、薬局や医療機関であれば目の前の患者さんが回復していく様子が分かりますが、工場で製造をしていると、実際に使う人の顔は想像しにくいですよね。自分の仕事が社会とどうつながっているのか、どれだけ重要なことなのかを自覚してもらうことも、とても重要なポイントですよね。そのためには製造現場で行われるGMP教育の場などで、患者さんなどの声を聞く機会をつくることも大事だと考えています。
藤田 その点でいうと、ロート製薬では工場で働く人たちにも、エンドユーザーの思いや言葉が伝わるようなコミュニケーションを大事にしています。お客様相談室に寄せられる「この薬を使い始めてから症状が改善した」といったお客様の声は毎週取りまとめられ、全社員が閲覧できるようになっています。私たちが製造した製品を使用したお客様の声を聞くことは、大きな励みになるともに、改めて確かな品質の製品を作り続ける重要性を認識することが出来ています。
品質文化の醸成に向けた挑戦が
人づくりにつながる
——一部の製薬会社で品質が軽視されている状況を、どうすれば変えられますか?
櫻井 やはり、組織全体、業界全体として品質を重視する風土をつくること。「品質文化(Quality Culture)」の醸成が最も重要です。すべての従業員が患者さんファーストの考えのもと、「医薬品は使用者の生命、健康を守るもの」であるという認識を持つこと。そして、経営層がその旗振りをすることが肝要です。その結果、経営層と従業員が一丸となり、品質向上に向かって自律的に継続的改善をする風土が醸成されてゆくと考えます。
——業界として、品質文化を向上させていこうという動きは見られるのでしょうか?
櫻井 例えば、日本ジェネリック製薬協会では、信頼性向上のための取り組みの一つとして、品質文化の醸成に向けた人材育成を念頭とした実務者のための教育研修部会を今年(2025年)からスタートしました。私も講師として参加しています。
——イチから品質文化を醸成するためには、具体的にどんなアプローチが必要ですか?
櫻井 まずは、従業員全員、工場で働く人たち全員で「ありたき姿」を共有してもらうことが大事です。これが、「あるべき姿」だと、押し付けられた形になってしまいます。そうではなく、そもそも「自分たち自身が、どうありたいのか」について話し合い、一人ひとりが考える。そこが第一歩ですね。まさに品質文化の醸成は人づくりだと思います。
そのうえで、ありたき姿に近づくために何をすればいいのか、現場からもアイデアを出し合って活動に落とし込む。それらの活動が実際に品質文化の醸成につながっているか、客観的な評価指標に基づき定期的にチェックしていく。そして、評価をふまえて改善していくといった具合に、継続的な取り組みにしていくことが重要です。
——ロート製薬としても、品質文化を醸成させるためにさまざまな取り組みを行なっていると思います。代表的な活動を教えてください。
藤田 本気で品質文化を会社に定着させるためには、私たち品質部門や製造現場のメンバーだけでなく、すべての社員にその重要性を知ってもらう必要があります。特に、営業など製造の現場から遠い部署のメンバーに、いかに関心を持ってもらうかという点は、非常に意識しているポイントです。そのために品質を軸として話し合う「品質交流会」を各部門で実施し、双方向の議論を促す機会とし、社員一人ひとりが製品の品質について自分ごととして捉えられるようにしています。
また、全社員を対象に、「品質通信」を定期的に発行して理解促進をはかったり、ロート製薬の品質方針を記載したカードを作成し、社員全員に配布して周知徹底を進めています。業務で悩み、迷った時に、品質方針を読み返し、立ち返る指針として活用してもらいたいですね。
櫻井 その品質方針が書かれたカードを見せてもらいましたが、個々の従業員中心の言葉として書かれていて、とても良いメッセージだなと感じました。
——現場の意識から品質文化を醸成していく、ということがカギなのでしょうか。
櫻井 それだけでなく、管理職や経営層の意識改革も必須でしょう。たとえば、現場の従業員が何らかの不自然に気づいたときに声を挙げることができる仕組みづくりや心理的安全性の確保、風通しの良い雰囲気づくりに尽力すること。そのためにトップが日頃から「何かあれば、すぐに報告してほしい」とメッセージを送り続けることも大事だと思います。
藤田 そうですね。私たちも、トップから社員に対してメッセージを届けてもらうようにしています。たとえば、ほぼ全社員が集まる場で社長に品質について話していただく、また同時に私たち品質部門から経営へも積極的に働きかけを行っています。
今後は、ロート製薬の「ありたき姿」の明確化を計画しており、人づくりを加速していきたいですね。
櫻井 ロート製薬さんの場合は、藤田さんの存在もとても大きいと思います。やはり、社内に藤田さんのようなパッションを持った人がいないと、品質文化の醸成は進んでいきません。経営層もそのことを理解し、藤田さんの活動をしっかりとサポートされている印象です。ぜひこれからも、情熱を持って活動を継続していただきたいですね。
すべては、お客様・患者さんのために

——それでは、最後にお二人の今後の目標をお聞かせください。
櫻井 私がかつて所属していたPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)でお世話になった近藤達也理事長は、生前によく「薬事は究極の医の倫理である」とおっしゃっていました。私はこの言葉に強く共感し、医薬品の製造に関わる者は常に患者さんファーストであらねばいけないと心に刻んでいます。
重要なのは、そのことを実際に製薬会社や工場で働く前の、学生の段階でいかに植えつけていくかですが、私一人の力では限界があります。GMPについて教えられる先生がもっと必要ですし、東京理科大学だけでなく、多くの教育機関でGMPを学べる機会を提供していくことも考えなくてはいけない。そのための仲間作りが、今の目標ですね。
藤田 社内での品質文化の醸成をさらに推し進め、ロート製薬として「自信を持ってお客様に届けられる品質」を、これからも提供し続けていきたいと思います。以前、櫻井先生からアドバイスをいただき、複数の製薬会社さまと「品質文化の醸成」をテーマにした情報交換会を実施しました。ディスカッションを行う中で、各社が品質文化に対して非常に積極的に取り組んでいることに大いに刺激を受けました。今後も、こうした輪をさらに広げ、共に歩む仲間を増やし、いつの日か「品質文化の醸成」という考え方が製薬業界における新しい当たり前となり、すべての企業が当たり前のようにお客様、患者さん第一の姿勢で取り組む未来を実現したいと思っています。これからもよりよい品質を守るための挑戦を続けていきます。
