新時代のヘルスケアリーディングカンパニーロート製薬が歩む
再生医療社会実装へのロードマップ

右:山田 邦雄氏(ロート製薬 代表取締役会長)
左:藤井 省吾
(日経BP 総合研究所 チーフコンサルタント 主席研究員)

2013年から再生医療の研究に取り組むロート製薬では、間葉系幹細胞を使った標準治療の実現に向けて活動を加速させている。同社代表取締役会長の山田邦雄氏と日経BP 総合研究所主席研究員の藤井省吾氏が語る再生医療の未来とは──。

  1. 従来の創薬とは一線を画す生きた細胞を扱う奥深さ
  2. 超高齢化社会の日本だからこそ果たすことができる役割
  3. 多様なプレーヤーが集う新研究拠点で産官学連携を推進
  4. 眼科領域における再生医療

従来の創薬とは一線を画す
生きた細胞を扱う奥深さ

藤井 iPS細胞の発見や細胞シートの実用化など、わが国の再生医療は世界でも先端のポジションにいると感じます。御社では13年に再生医療に本格参入し、10年以上が経過しました。

山田 参入して気づいたのは従来の医薬品開発と細胞を扱う再生医療は全く別世界だということです。新薬中心の製薬業界では当社の規模でできることに限界があると感じていましたが、人間が老いと向き合う中で対処できていない問題に対しては、細胞を使った治療という新領域が有効で、当社が役割を果たせる分野だと考えています。細胞は生き物ですから、化合物を使った創薬と違って規格化しにくく、挙動も一様ではありません。そこが細胞を扱う難しさで、製薬大手ではない当社だからできることだと思っています。

藤井 22年に再生医療等製品を開発する顧客向けの事業を開始し、24年には無血清AOF培地「R:STEM(※1)」が国内でFIRMマーク認証第1号を取得し、既に成果を上げておられます。

山田 事業化に向けた研究のうち社会に還元できるところから実行していますが、目標はあくまで標準治療の一角を担うことで、治験に取り組んでいます。患者さんのリクルートに想定よりも時間がかかっているものの、医薬品化に向けて進めています。

山田 邦雄
ロート製薬 代表取締役会長
藤井 省吾
日経BP 総合研究所 チーフコンサルタント 主席研究員

超高齢化社会の日本だからこそ
果たすことができる役割

藤井 老化に伴う問題に対しては細胞を使った治療が有効となると、高齢化が進む日本ならではの再生医療の研究がありそうですね。

山田 当社が取り組む再生医療は、臓器を置き換えてしまうということではなく、加齢で衰えた機能を復活させるような治療を想定しています。誰しも若いうちは自己治癒力が高いですが、年齢と共に細胞の再生能力が低下し、さまざまな機能が損なわれますから、そこに間葉系幹細胞の効果が期待できると考えています。

藤井 再生医療ではiPS細胞などの選択肢もありますが、間葉系幹細胞に注目されたのはなぜですか。

山田 将来的にはiPS細胞や臍帯由来の幹細胞にも可能性があると思いますが、事業化の観点から、元になる細胞を入手しやすく、そこから多様な細胞に分化できる脂肪由来の間葉系幹細胞を選択しました。間葉系幹細胞には抗炎症作用があり、血管を修復する力が強いとされます。血管の機能が衰えて線維化が進むと、心疾患のリスクが高まりますから、間葉系幹細胞の血管を守るという特性は高齢化に伴う疾患に有効だと考えられます。

ロート製薬が着目した間葉系幹細胞とは

間葉系幹細胞とは骨髄や脂肪などに存在する幹細胞の一種で、さまざまな種類の細胞に分化し得るという特長を持つ。そのなかでも脂肪由来の間葉系幹細胞は採取しやすく、他家移植でも拒絶反応が起こりにくいことが知られ、再生医療への応用に期待が寄せられている。

多様なプレーヤーが集う新研究拠点で
産官学連携を推進

藤井 東京・羽田の「藤田医科大学東京 先端医療研究センター」などにも拠点を構え、24年4月には大阪・中之島の「Nakanoshima Qross」に、研究ラボ・オフィスを構えました。複数拠点の狙いや意図を教えてください。

山田 間葉系幹細胞による再生医療は、従来の医薬品のように研究所で仕上げた完成品を投与するのではなく、患者さんの状態に応じて最適な治療法や時期を検討して投与するパーソナライズド・メディシン(個別化医療)に親和性があると考えます。例えば、がん治療では抗がん剤や免疫抑制剤などによる副反応の抑制効果が示唆されているので、放射線治療や化学療法などの標準治療を実践する際に、間葉系幹細胞を併せて検討していただくような運用を想定しています。間葉系幹細胞による再生医療は医療現場に近いところでこそ本領を発揮しますから、医療関係者の皆さまのご意見も賜りながら、より良いものを作っていきたいと思っています。

再生医療の社会実装を目指す、オフィス(手前)と
研究ラボ(奥)が
一体となったロート製薬の新空間
(大阪・中之島「Nakanoshima Qross」内)

眼科領域における再生医療

再生医療をリードする眼科領域について、大阪大学・教授の西田幸二氏を交え鼎談を行った。

西田 幸二
大阪大学 大学院医学系研究科
脳神経感覚器外科学(眼科学) 教授

藤井 再生医療のなかでも、眼科領域は特に日本がリードしている印象です。

西田 そのとおりです。我々はヒトiPS細胞由来の他家角膜上皮細胞シートを移植する「First-in-Human」臨床研究を世界で初めて実施し、良好な結果が得られました。眼科はほかの診療科と違って局所で検査や治療を行いやすいので、iPS細胞は最終製品に近いところまで進んでいますし、再生医療以外の医薬品開発も活発です。未病も含めて研究が進めば、個別の症状や患者さんの状態を見極めて選択的に投与できる環境が整っていくと思います。

山田 個別医療の理想は、現実世界と同じものを仮想空間に再現するデジタルツインではないでしょうか。若いころから自分のモデルを使って将来の健康状態を予測し、運動や食事など日々の健康管理に生かせば、さまざまな疾病の発症を遅らせられると思います。

西田 予防医療はまだまだ研究が必要な領域で、一人ひとりの体内で生じる病気の発症のプロセスを理解するために新たな科学分野として「ヒューマン・メタバース疾患学」を提案しました。眼科領域では網膜・視神経変性などを研究対象としています。

藤井 大変に興味深いですね。眼科領域の研究では、ロート製薬と大阪大学は、脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養上清の点眼がドライアイモデルに対して角膜のバリア機能を改善し、角膜上皮細胞の障害を抑制するという成果を発表されました(※2)。「Nakanoshima Qross」には大阪大学医学部眼科学教室との連携拠点である「中之島アイセンター」が入っており、さらなる産学連携の加速が期待されます。

西田 中之島アイセンターは1つのフロアに外来・検査室・手術室・病室を集約し、大学病院と同レベルの先進的な眼科医療と、再生医療やAIなどの最先端技術を活用した高度治療までワンストップで行える施設です。再生医療の基礎研究は大学の研究室で行うことができても、治験や社会実装となると大学だけでは難しいので、アイセンターを活用して連携を推進できればと思っています。

山田 品質管理と量産は企業の使命です。ただ、大企業とベンチャー企業の役割は異なり、工業化以降のフェーズに特化する企業も少なくありません。当社はベンチャーのようにアカデミアに近い部分でも動きつつ、得意とする工業化も担いたいと思っています。最先端の研究成果を広く社会に届けられるように、企業としての使命を果たしてまいります。

※1 R:STEM Medium for hMSC High Growth 
※2 出所:Scientific Reports. Vol13, Article number: 13100(2023)