藻類農園というかつてない挑戦。
フィトサイエンスが切り拓く未来へ。

中原 剣
(ロート製薬 アグリ・テック事業部長 /ロート・F・沖縄 代表)

ロート製薬が2025年4月に打ち出した新事業戦略『フィトサイエンス構想』——それは、“植物・微生物など自然素材の潜在力(フィトパワー)を最先端のサイエンスで解き明かし、地域と共創しながら社会価値へ昇華することを目的とする新しい挑戦です。第一弾に位置づけられたのが、沖縄・久米島に誕生した『藻類農園FARMO(ファーモ)』。藻類の研究・生産・加工・観光をワンストップで体験できる日本初の拠点です。環境負荷の低い次世代資源として注目される「藻類」ですが、その地域実装は世界的に見ても緒に就いたばかり。本記事では、多彩なキャリアを経てロート製薬に参画し、『藻類農園FARMO』を立ち上げた中原剣の言葉を通じて、藻類の可能性と久米島モデル、そしてフィトサイエンス構想が描く未来像を紐解いていきます。

中原 剣ロート製薬 アグリ・テック事業部長 /
ロート・F・沖縄 代表

大学院で博士号を取得後、ワイナリーで経験を積んだのちに、ログハウスビルダー、宮大工、生物系ベンチャーなど異色の経歴を経て2020年にロート製薬入社。現在は、アグリ・テック事業およびロート・F・沖縄の責任者として、久米島に日本初の「藻類農園FARMO」を立ち上げる。

  1. キャリアの原点——「循環」へのまなざし
  2. それは、いわば「新しい農業」
  3. 久米島とともに歩む
  4. 研究・生産・観光が交差する場所へ
  5. 藻類がもたらす可能性を未来へつなぐ

キャリアの原点
——「循環」へのまなざし

——ロートに入社される以前は、博士号取得後にワイナリー勤務やログハウスビルダー、宮大工、生物系ベンチャーなど多岐にわたるお仕事を経験されたと伺いました。キャリアを振り返って、現在のプロジェクトに通じる原体験とは何でしょうか。

中原 振り返ると、ずっと“循環”という概念を追いかけてきた気がします。ワイナリーでは畑からボトルに至るまで、土地・人・文化が渦を巻くように循環する仕組みを目の当たりにしました。ログハウスや宮大工の現場では、森が家になり、家がまた地域の風景を形づくるサイクルに魅了されました。循環というキーワードを考えるなかで、化石資源を基盤とした “大きな循環”に依存した社会の脆さを痛感し、もしその循環が止まったら、人々はどう生きるのかを真剣に考えました。私がたどり着いた答えは『単一的な大きな循環に依存するよりも、多様性のある小さな循環をいくつも並立させる社会の方が、人類はレジリエント(※1)になれる』ということです。エネルギーでも食でも、地域ごとに自前の循環があれば、どこかが止まっても全部は止まらないはずです。

(※1)レジリエント……様々なリスクや変化に対してしなやかに対応し、回復できる性質を持つこと。

——ロートで新しいキャリアに挑戦しようと思ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

中原 40歳を過ぎた頃から、自分の残された人生を考えるようになりました。大学院や生物系ベンチャーで取り組んできた藻類の研究と地域循環を組み合わせていく仕事に本気で取り組みたい——そう思うようになりました。ロートは製薬会社としてのDNAがありながら、混沌を肯定し、新しい芽を育もうとする文化があります。ここなら自分が本気で取り組みたい「小さな循環」を形にできる。そう確信して2020年に入社しました。ワイナリーで経験した“土地・生産・文化が共鳴する感覚”を、今度は藻類で再現する。それが私のキャリアの集大成であり、久米島のFARMOに込めた想いです。循環というテーマは、職業が変わっても場所が変わっても、ずっと私の真ん中にあり続けています。

それは、いわば「新しい農業」

——久米島の「藻類農園 FARMO」は、従来の土耕型農業と、どこが違うのでしょうか。また、その発想はどこから生まれたのでしょうか。

中原 私たちが長い年月をかけて磨いてきた農業は、人類の宝です。ただ近年は気候変動や資源制約が進み、土と植物だけに頼り切るモデルが揺らいでいる。そこで登場したのが、“水と藻類”で営む第二の農業です。藻類は驚くほど短い時間で収穫でき、光合成によってCO₂も削減します。土地を奪い合うのではなく、水を使ったまったく新しい一次産業を立ち上げるイメージです。重要なのは“競合”ではなく“補完”だということ。藻類で高機能タンパク質や健康成分をつくり、陸の畑では季節の野菜を育てる。こうして二層構造の食料生産 が広がれば、災害や市場変動に強いセーフティネットができるし、栄養の多様化にもつながります。畑の循環も、藻類の循環も、それぞれが自立しながらゆるやかに連携する。藻類農園FARMOはその実証フィールドなのです。

——中原さんは、藻類は「新しい作物」ではなく、「新しい農業」そのものだとおっしゃっています。そこにはどんな理由があるのでしょうか。

中原 よく『藻類は次のスーパーフードですね』と言われます。もちろん栄養価の高さは魅力ですが、私が強調したいのは“作物が1つ増えた”というレベルの話ではなく、『農業という産業が、もう1系統まるごと誕生した』というインパクトなんです。従来の農業は〈植物×土地〉が前提でした。土を耕し、気候と折り合いをつけ、数カ月かけて収穫する。このモデルは気候変動によって不安定さを増し、土地や水の取り合いも激しくなっています。一方、藻類は〈水×光〉で育ち、短いものであれば1週間ほどのサイクルで収穫でき、単位面積当たりの生産性は陸上植物の数倍。つまり“時間軸”も“空間軸”もまったく違う論理で動く。ここが“新しい作物”ではなく“新しい農業”と考えるべきではないかと思う核心です。久米島では海洋深層水を培養に使っています。深層水は表層の約20倍の窒素・リンを含み、雑菌がほとんどいない。肥料を足す量を減らすことができ、培養後の排水は海に戻せる。循環の輪の中で、環境負荷を最小化できる点も、従来農業との決定的な差異です。私が『藻類は新しい農業だ』と言うのは、単に収穫物が斬新だからではなく、時間軸・空間軸・資源循環の設計図そのものが刷新されるからです。「藻類農園FARMO」はその青写真を実寸大で描く試みです。久米島から世界へ、“水と藻類”をもうひとつの一次産業として根づかせていきたいですね。

久米島とともに歩む

——久米島と言えば、深層水、養殖、温度差発電などを組み合わせた循環型の“久米島モデル”が知られていますが、島の方々とどのように協力関係を築いてきたのか教えてください。

中原 久米島を最初に訪ねたとき、約600 mの深海から揚がる海洋深層水を見て「ここは藻類にとって聖地になる」と感じました。海洋深層水は、栄養が豊富で雑菌が少なく、冷却水としても優秀。しかも人口約1万人の島ですから、循環型モデルを実装するには理想的なサイズ感だと思ったんです。しかし、島の皆さんにとっては「本土の企業がやってきて何か始めるらしい」と聞けば警戒するのが自然です。そこでまず、「島の暮らしにどうやって新しい価値を届けられるか」を考え抜きました。カフェを併設して藻類ソフトクリームや島野菜のランチを提供し、観光客を港町まで回遊させる動線をつくる。深層水の使用ルールを遵守することはもちろん、施設設備も地元の業者さんとともに作り上げ、島のイベントにはスタッフ総出で参加する——そんな地道な活動を続けるうち、「あの人たち、島を面白くしてくれそうかも」と受け止めてもらえるようになったのかもしれません。

*久米島モデル:久米島の地域資源である再生可能な「海洋深層水」を利用して、エネルギーと水と食糧を再生可能エネルギーにより自給しながら産業振興と雇用創出を図る、自立循環型社会のモデル(イラスト:久米島町提供)

——深層水の多段活用や観光連動といった仕組みは、どのように設計されたのでしょうか。また、今後、久米島モデルをどのように発展させたいと考えていますか。

中原 私たちが来る前から、久米島にはすでに「温度差発電で使ったあと、清浄性や富栄養性を養殖や農業で再利用して、最後は海へ戻す」というカスケード利用の発想がありました。そこに藻類という一次産業を組み込んでいけないかと考えました。深層水→温度差発電→藻類培養・海産物の養殖・農業→タラソテラピー→再び海へ。このひと筆書きの循環を島のインフラとして構築していくことで、環境負荷を低減しながら、多様な経済活動を同時に回していけると考えています。そして、もう一つの狙いが人の循環です。年間10万人が訪れる久米島で、その3〜4割が藻類農園FARMOに立ち寄っていただける存在にしていきたいです。藻類ソフトクリームを食べに来た家族が、深層水発電を知り、島の野菜を買って帰る——そんなイメージです。そしてゆくゆくは、藻類の力を生かした久米島ブランドの化粧品や健康食品を育てていきたいと考えています。

研究・生産・観光が
交差する場所へ

——2025年4月にグランドオープンした「藻類農園 FARMO」には、どのような施設や体験が用意されているのでしょうか。

中原 研究・生産・観光などさまざまな視点で、藻類を多層的に体験してもらう——それが「藻類農園FARMO」の狙いです。象徴的な緑色のパイプレーンが「リアクター」。ここで久米島の海洋深層水を使い、藻類を培養しています。見学ツアーでは培養の仕組みや深層水の循環ルートなどをご説明する予定です。併設されている〈くめじまーる Café〉では、藻類を練り込んだブルーのソフトクリーム「HATENO BLUE」や、深層水仕込みのクラフトビール「KUMEJIMA 612」など、藻類農園ならではのメニューを用意しました。敷地奥には海洋深層水を贅沢に注いだフットプールを設置。612 mから汲み上げた深層水のミネラルを肌で感じながらタラソテラピーを楽しめます。週末は〈FARMO マルシェ〉をオープン。深層水で育てた島野菜やハーブ、藻類アロマを配合した石けんなどを販売する予定です。
あくまでいま予定しているものだけですので、藻類を軸に人々が集う場所としてどんどん成長させていきたいですね。

藻類がもたらす可能性を
未来へつなぐ

——世界的には EU やイスラエルが藻類ビジネスを先行しています。一方で、中原さんは「日本こそ藻類先進国になり得る」と考えているとのことです。その理由をお聞かせください。

中原 1つ目は食文化です。私たちは古来より、海苔・昆布・ワカメを暮らしに取り込んできました。藻類を食用とするハードルが低い国は、実はそれほど多くありません。この点でも日本はアドバンテージがあると考えています。2つ目は“発酵技術”。 日本は、味噌・醤油・酒で発酵をベースにした食品が数多くあります。こういった微生物制御のノウハウは藻類の栽培や加工にも応用できるはず。だからこそ、日本は、栽培技術の確立、安全基準の整備、商品設計などで先行していくことで、藻類を軸に世界に新しい価値を提案できる存在になれると信じています。

——最後に未来に向けた中原さんの展望をお聞かせください。

中原 藻類は人類が手に入れた新しい資源だと思っています。私たちがこの藻類をきちんと扱うことができるようになることで、人類の歴史として新たな時代に入っていくと考えています。夢は尽きないのですが、まずは地に足をつけて、昔、ワイナリーで感じた土地とともに人々の暮らしと農業が共鳴し合う、そんな美しい循環を、ここ久米島で実現していきたいと思っています。そして、ゆくゆくはこの藻類の力が世界や人類にポジティブなインパクトを与えていく礎になれたら、それに勝る喜びはありません。

詳しくはこちらから

https://farmo-algae.com/