気づきの力で、人は輝き、職場は変わる。
「改鮮」に宿る“人が主役”のDNA。

小口 香(ロート製薬 新改鮮隊 総長)

ロートには、効率化を主目的とした「改善」ではなく、働く人、一人ひとりの気持ちの鮮度を上げていく「改鮮(かいせん)」という言葉があります。この活動を全社で牽引するのが、2023年に誕生した「新改鮮隊」の初代総長・小口香(こぐちかおり)です。1990年の入社以来、目薬の製造からベトナムでの新工場立ち上げ、そして製造現場の文化の刷新まで、小口のキャリアは常に「未知への挑戦」の連続でした。かつてはルーティンになりがちだった製造現場を、一人ひとりが自ら気づき、考え、そして自律的に更新していく組織へと変容させてきた軌跡。そこには、人が輝けることを大切にし、変化を恐れないロート製薬ならではの風土が息づいていました。ボトムアップの変革を可能にする「人が主役」のDNA、そして、その象徴でもある「新改鮮隊」の活動の本質的な価値を、小口の歩みとともに、ひもといていきます。
※前身となる「改鮮隊」は2005年に発足

小口 香ロート製薬 新改鮮隊 総長

1990年、ロート製薬株式会社に入社。大阪工場にて目薬の製造ラインからキャリアをスタート。ベトナムでの新工場立ち上げにも参画。大阪工場および上野工場において、製造現場の意識改革を主導し、2023年に発足した「新改鮮隊(しんかいせんたい)」の初代総長に就任。現在は、改鮮活動を全社に広げるべく奔走中。

  1. お気楽社員、ベトナムへ
  2. 「改鮮」との出会い
  3. 大事にしたいのは、効率よりも人
  4. らしさを突き詰めた“ロート流5S”
  5. 人の中にこそ未来はある

お気楽社員、ベトナムへ

——小口さんは、1990年入社とお聞きしました。その頃といまでは、ロート自体の雰囲気もだいぶ違ったのではないですか?

小口 そうですね、雰囲気はだいぶ違いましたね。当時のロートは、いまよりずっと人数も少なくて、“地元で愛される会社”みたいな感覚がありました。社員同士が顔の見える距離感で、誰がどこで何をしているかも分かる。だからこそ、コスト意識や納期意識も含めて、みんなが会社や仕事を「自分ごと」として捉えていた記憶があります。当時唯一の工場だった大阪工場は“大阪気質”もあるのか、ボールペン1本買うのも厳しいくらいで(笑)。その一方で、挨拶や電話の出方、身だしなみみたいなところも、先輩たちが近所の世話焼きのおばちゃんみたいに、しっかりあれこれと教えてくれて。私もかなりの“お気楽社員”だったので(笑)、当時は「うるさいなあ」と思っていましたけど、いま振り返ると、右も左もわからない若手の私に、社会人としての基礎を叩き込んでくれました。人を育てることに、手を抜かない会社だったと思います。

——大阪工場勤務を経て、ベトナムでの仕事も経験されたとお伺いしています。そのあたりのロート人としての原体験をお聞かせください。

小口 若手時代の印象に残っているエピソードは、やっぱりベトナム工場の立ち上げですね。当時はまだ20代前半で、入社して5〜6年目くらいでした。いまみたいに毎年必ず新入社員が入ってくる感じでもなくて、私の上の世代がぽっかり空いていたので、会社として「若手を育てなあかん」という空気があったんだと思います。そんな中で、目薬の瓶の検収という検査の技能を、現地の人に教えてきてほしいと言われて。しかも、ベトナムの辞書だけ渡されて「行ってこい」って。英語が得意なわけでもないのに、いま思えば、かなり大胆ですよね(笑)。当時のベトナムは、戦争の影響も色濃く残っていましたし、周りからも「こんな若い女の子が行くのか」と言われました。家族も若干心配していました。でも、経験したことがないことのほうが気になってしまうというか……「行ってみないと分からない」と思ったんでしょうね。しかも、いわゆる片道切符みたいなもので、「現地のスタッフがしっかり覚えたら帰ってきていい」と言われたんです。裏を返すと、現地のスタッフだけで回るようになるまで、帰れない。工場をつくりながら、現地スタッフを採用し、設備を整えながら、人の教育も進めていく。いま振り返ると、あれが初めて“ちゃんと仕事で苦労した”経験だったのかもしれません。あの時の経験が、その後の私の仕事への向き合い方——現場で起きていることを自分事として受け取ること、そして人と向き合い、会話を重ねながら一つひとつ解いていくこと——そういう姿勢の土台になっている気がします。

「改鮮」との出会い

——いよいよ「改鮮」についてお伺いしていければと思います。「改鮮」という言葉や活動に、小口さんが最初に出会ったのはいつ頃だったんでしょう?

小口 2005年前後だったかと思います。ちょうどその頃、大阪工場の空気がガラッと変わったタイミングでした。薬機法の変更もあって、「ロートの製品を必ずしもロートの工場で作らなくてもいい」時代になりました。そうなると、自社工場の存在意義って、薄れていくじゃないですか。「このままじゃまずいぞ」っていう危機感が、現場にもすごく出てきたんです。それで「強い工場になろう、勝てる工場になろう」っていう旗が立って。トヨタ式の改善を学ぶ流れの中で、外部のトレーナーさんからOJTを受けるメンバーが招集されて、いわゆる“改鮮隊の前身”みたいな動きが始まっていきました。正直に言うと、私は最初、その中心メンバーではなかったので、「なんか始まったぞ」ぐらいの感じで、ちょっと遠目に見ていました(笑)。周りも工場長や本部長が「率先垂範だ」って前に立って引っ張っていたので、現場全体が“なにかやらなきゃいけない空気”になっていく。いろいろと無理をした結果、機械の調子も悪くなったりして、帰る時間がどんどん遅くなっていった時期がありました。

——はじめはなかなかうまくいかない時期があったんですね。そこから、どうやって「改鮮」の文化が浸透していったんでしょうか?

小口 私は、基本的にしんどいのが嫌いなんですよ(笑)。だから、遅くなるのが当たり前になっていく感じが本当に嫌で。そんな時に、研修生の人たちが「こんな手法があるんだけど」って持ち込んできたのが、いまで言う「気づき」でした。やり方としてはシンプルで、仕事の中で「しんどい・変えたい」と思っていることを書いて、貼る。そうすると、上司も見るじゃないですか。で、上司が見て「なるほど、じゃあ変えなきゃな」ってなると、そこから本当に変わっていくんです。改善される。「あれ、ちょっと書いただけで早く帰れるようになるんだ」って思ったのを覚えてます。

——体感として、手応えがあったんですね。

小口 ありましたね。そこで初めて「改善、悪くないな」って思えたんです。自分で体感できたので、同じフロアのチームの子たちにも「とにかく一回やってみよう」って声をかけました。「気づこう、気づいて書こう、書いたらここに貼ろう」みたいな感じで、みんなでやっていったら、少しずつでも現場が変わっていくのが見えてきたんです。最初は“余計な仕事が増える”としか思えなかったものが、ちゃんと自分たちの仕事を楽にして、前に進めてくれる。私の中で「改鮮」が“やらされる取り組み”じゃなくて、“自分たちのための武器”として見えたのは、その体感があったからだと思います。

【上野テクノセンターの中村工場長との壁打ちの一コマ】
「現状で本当にいいの?」「それ、どこが面白いの?」
中村の良質な問いが新改鮮隊の活動の羅針盤になっている。

大事にしたいのは、効率よりも人

——「気づき」を通じて、改鮮が“やらされる取り組み”ではなく、“自分たちのための武器”として見えてきた、というお話がありました。一方で、世の中には「改善」という言葉もありますよね。小口さんの中で、「改善」と「改鮮」のいちばん大きな違いは、どこにあるんでしょうか?

小口 「改鮮」は字のごとく、毎日新鮮な気持ちで改善に取り組もうと言うことで鮮度を大切にしています。私は、もともとこういった活動に対して後ろ向きなタイプだったんです(笑)。だからこそ分かるんですけど、正しいことだけをいくら言っても、現場はなかなか動かないんですよね。大事なのは“実感する”こと。実感すれば、人の気持ちは動く。「改鮮」のキモは、そこにあります。自分の職場を良くしていくことが、ちゃんと自分ごとになっていく。そして、自分が関われば、自分の環境は本当に変わっていくんだ。そう思ってほしい。その実感こそが、「改鮮活動」がいちばん大事にしたいことなんです。

——主体性と実感が起点になる、と。

小口 そうです。何に困っているかって、本当にその職場ごとに違います。だから答えは、それぞれの現場の人たちしか持ってない。私たちは引き出すしかないんです。上から「こうしたらいい」と言っても、それがそのまま解決になるわけじゃない。まずはその人たちの困りごとが何かを言葉にしてもらって、一緒にほどいていく。改鮮って、そのプロセスだと思います。

——そのボトムアップのアプローチは、まさに、ロートらしさの真骨頂ですね。

小口 そうですね。効率とか成果って、もちろん大事なんですけど、そこを目的にしすぎると続かないし、しんどくなってしまう。自分たちが気づいたから変える、自分たちの仕事をもっと価値ある時間にしたいから変える、っていうふうになると、とたんに話が動き出すし、続けることができる。“効率を上げるためにやる”というより、“人がイキイキ働ける状態に環境をアップデートしていく”のが先にあって、その結果として、全体のパフォーマンスは自然とついてくる。私は、そういう順番であるべきだと思っています。

らしさを突き詰めた“ロート流5S”

——ここまで伺っていると、「改鮮活動」の本質にあるのは、効率を上げていくことそのものというよりも、働く人が「自分ごと」として職場を良くしていくことなんだと感じました。そのうえで、環境改善の指針として、現場でよく聞く言葉に「5S」があります。一般的には「整理・整頓・清掃・清潔・躾」と言われますが、ロート流の5Sは少し違うと伺いました。ご説明をしていただけますか?

小口 まず一般的な5Sとは、主に製造現場での職場環境改善のための指針として知られていまして、「整理・整頓・清掃・清潔・躾」の頭文字のSを取って「5S」と呼ばれています。これ自体は、現場の土台を整えるうえですごく大事な考え方だと思っています。 ただ一方で、私たちが「ロート流5S」として考えたときに、この言葉は本当に私たちらしいんだろうか、と引っかかったんです。

——既存の言葉に満足せずに、意味を自分たちらしく深掘りしていく。「改善」と「改鮮」の関係にも当てはまりますね。

小口 そうなんです。それが、「ロート流5S」策定の出発点でした。まず「整理・整頓・清掃」は一緒でいいな、問題は「清潔」と「躾」なのかな、と。「整理・整頓・清掃」を維持・継続できたら、「清潔」は自ずとついてくるんじゃないかな、と思ったんです。そこで、はっと気づき、維持・継続って何事にでも大事だし、それって、「習慣(SYUKAN)」……あ!、Sだって思ったんです(笑)。

——発見の喜びが伝わります(笑)。そして、もうひとつのSの「躾」ですね。

小口 「躾」の代替案をどうするか。ロートの歴史も調べながらいろんな方向性を考えました。そんな中でヒントを得たのが、「7つの宣誓」でした。ロートには、「7つの宣誓」という行動規範のような理念があるのですが、これって「自分との約束事=宣言」だよなと…、そこでも、また気づくんです。あ!「宣言(SENGEN)」は、Sだって!(笑)。一般的に躾というのが他者からの強制的な力のような印象を受けるので、「宣言」は、ある意味で自分との約束。社員を会社のものとして見るのではなく、一人ひとりかけがえのない人間として見ようとするロートらしさのある指針にできるのではないかなと思ったんです。そうしてできあがった、「整理・整頓・清掃・習慣・宣言」の5Sは、「改鮮活動」とともに、ロートが、一人ひとりの尊厳を大切にしながら、ボトムアップで自己変容していくための大切なキーワードとなっています。

人の中にこそ未来はある

——改鮮活動は、工場の枠を超えて、全社へ広げていくフェーズに入っているとお伺いしています。

小口 製造現場ではある程度、結果を残してきた改鮮活動ですが、いよいよ全社に広げていこうということになりました。ただ、これは一筋縄ではいきません。研究開発は研究開発の悩みがあるし、営業は営業の悩みがある。工場でのやり方をそのまま持っていってもなかなか難しい。だからこそ、新改鮮隊が外からアプローチするのではなく、中の人たちが自分ごと化してもらう仕組みづくりこそが重要だと考えました。各部門に「改鮮リーダー」「推進リーダー」を立てて、その人たちを中心に広げていく形にしています。部門の中の人が言うから、みんな耳を貸してくれる。営業のことは営業が一番分かってますからね(笑)。

——なるほど。現場の言葉で動かしていくんですね。

小口 そうなんです。自分の働く環境に対して、コミットすること。それを良くしていこうという意志をもってもらうこと、そして実際に変えていくことができるんだと実感してもらうこと。そのことこそが、改鮮活動の出発点であり、本質なんです。全社展開を進める中で、最近、いちばん嬉しかったのが、営業の人たちの言葉でした。ある若手が、ぽろっと「営業って、やること多すぎてめっちゃしんどいんです」と言ってきたんです。営業って本来、お客さまのところに行って価値を出すのが仕事なのに、聞けば、社内手続きの手間やムダ、ちょっとした“面倒くさいこと”に時間を取られて、本来向き合うべき仕事の時間が削られている。そこで、壁打ちしながらその原因をゆっくりとほどいていったら、少しずつ時間と余裕が生まれてきました。すると今度は、その本人たちから、「自分が価値があると思える仕事に向き合う時間をつくれるのがうれしい」という言葉がもらえたんです。その一言を聞いたとき、これこそが、改鮮活動の意義だ、と熱い思いを感じました。

——すばらしいですね。新改鮮隊の総長として、この先にどんな青写真を描いているのでしょうか?

小口 私は、改鮮活動って終わりがないと思っています。時代が変われば、気づきの角度も変わる。だから未来の青写真は、実はすごくシンプルで——改鮮がロートの“文化”として定着することです。改鮮の本質は、「働く環境をもっと良くできないか」と思える意識だと思います。誰かに言われたからじゃなく、自分の中から「変えたい」が生まれて、声にすると職場が動き出す。そうして一人ひとりが自分の職場にコミットできるようになると、人はやっぱりイキイキしてくる。理想は、改鮮が当たり前になって、新改鮮隊が前に出なくても勝手に回り始める状態です。人が輝けば、職場は変わる。職場が変われば、会社も変わる。改鮮は、そのロートのDNAを思い出させてくれる“合言葉”だと思います。難しく考えなくていいと思います。まずは目の前の「しんどい」「変えたい」を声にする。小さくても一つ変われば景色が変わって、次の気づきが出てくる。その積み重ねが、ロートの未来をつくっていく。私はそう信じています。