子どもたちに、“見える未来”を手渡したい。
近視という社会課題にともに挑む。
栗原 俊英(慶應義塾大学医学部 眼科学教室 准教授)
青柳 寿枝(ロート製薬 戦略デザイン本部 Designer 兼 グループR&D Assistant Coordinator 兼 開発横断新規PJ室 室長)
公開日:2026年10月
内容、所属、役職等は公開時のものです
いま、子どもの近視が、世界中で急速に増えています。2050年には世界人口のおよそ半分が近視になるという予測もあり、「近視パンデミック」という言葉さえ使われるようになりました。ただ、ほんの少し前まで、こう言われていました。「近視の原因はわからない。進行を止める方法もない」──。そこにチャレンジをしている人たちがいます。眼科医として近視研究の最前線に立つ、慶應義塾大学医学部の栗原俊英先生もそのひとりです。そして、OTC医薬品を中心としたアイケアのリーディングカンパニー・ロート製薬で、目の健康に向き合ってきた青柳寿枝。アカデミズムとビジネスの現場。それぞれの場所でひたむきに積み上げてきたものを、じっくりと語り合っていただきました。

栗原 俊英(くりはら としひで)慶應義塾大学医学部 眼科学教室 准教授
眼科専門医・博士(医学)。2001年筑波大学卒業後、慶應義塾大学医学部眼科学教室に入局。2009年同大学院で博士号を取得し、米国スクリプス研究所への留学を経て2013年に帰国、慶應義塾大学助教。2015年より同大学総合医科学研究センターで光生物学研究室を主宰する。2020年同大学専任講師、2022年より現職。網膜の分子生物学を出発点に、近視の進行メカニズムと、光環境、光遺伝学、低酸素応答などの研究を国内外でリードしている。

青柳 寿枝(あおやぎ ひさえ)ロート製薬 戦略デザイン本部 Designer 兼 グループR&D Assistant Coordinator 兼 開発横断新規PJ室 室長
2000年ロート製薬入社。製品開発部にて「オバジC」などのスキンケア製品や外用剤の処方開発からキャリアをスタート。2005年には商品企画部で漢方・和漢箋ブランドの立ち上げに携わる。2008年に東京へ移り、ヘルスサイエンス研究企画部で大学や医療機関との共同研究を担当。慶應義塾大学との近視の共同研究には、その立ち上がりから関わってきた。2026年より現職。
近視は、新たなるパンデミック
──子どもの近視は専門家の間では「新たなるパンデミック」とも言われるようになりました。栗原先生、それは大げさな表現なのでしょうか?
栗原 まず前提として、近視はすごくありふれたものですよね。クラスの誰かがメガネをかけはじめる。そういう記憶が、みなさんにもあると思います。だから、近視でもメガネやコンタクトレンズなどで見えるようにする、いわゆる屈折矯正の技術はすでに大きく発達してきました。一方、近視の本体は、目の奥行きである眼軸長が伸びていく「軸性近視」です。屈折矯正は、そのことに対しての根本的な解決にはなっていない。
──「メガネをかければいい」では済まない、と。
栗原 たとえば、網膜剥離や、緑内障や黄斑症といった眼疾患のリスクが、近視の程度に応じて増加していくことがわかってきています。日本の視覚障害の原因の第一位は緑内障ですから、「ただ見えるメガネをつくっておけばいい」といって、放っておくわけにもいかないのが近視というものだと考えています。東アジアでは、過去40〜50年で若年層の近視の有病率が約4倍にもなっています。これほど短期間に遺伝的背景が変化したとは考えにくい。となると、環境要因の寄与が非常に大きいと考えられます。2016年には、オーストラリアのブライアン・ホールデン先生による「2050年には世界人口の半分が近視になる」と予測した論文が発表されました。近視が世界規模の問題として広く認識されるようになったのは、そのあたりからですね。
──青柳さんは、そのあたりの状況をどう受け止めていましたか?
青柳 子どもたちの近視には、個人的な実感から切実な思いを持っていました。ちょうどヘルスサイエンス研究企画部で目の研究をはじめたのが、自分の子どもが保育園児から小学生くらいのタイミングで、毎年、周りにメガネの子が増えていくんです。自分たちが子どものころには、こんなにいなかったのに。ちょっとこれは一大事だな、と思っていました。目に携わるロートの研究職としても、「強度近視の方が増えることが社会課題だな」という思いが芽生えはじめました。
今、私たちにできること
──青柳さんは、ロートではどういったキャリアを歩まれたのでしょう?
青柳 大学のときの専攻はドラッグデリバリーシステムといって、薬物を必要な場所に必要なだけ届ける仕組みの研究でした。その後、ロートに入社して、「オバジ」のような製品で、成分が肌の中へどう浸透していくかという研究を、1年目に担当していました。そのあとはスキンケアの開発から商品企画部に移って、漢方のブランドの立ち上げにも関わりました。目の研究に携わったのは、上の子どもの出産後に東京へ配属になってからです。2008年の4月ですね。ヘルスサイエンス研究企画部に所属し、大学や医療機関の先生方と、社会課題になっていて、かつ既存のビジネスではまだリーチできていない領域の最新知見を探していくことが仕事でした。
──その流れで、子どもの近視に着目したのですね。
青柳 はい、すぐにでも手をつけなくてはいけない社会課題がここにある、と感じました。未来の子どもたちだけでなく、今の子どもたちにも近視が進む前に、今わかっている情報をできるだけ早く届けたかったんです。さいわいロートは、製薬にとらわれずに、社会課題解決に向けて柔軟に取り組むことのできる会社です。たとえば、最新の研究をベースに「屋外活動が重要であること」「近くを見るときには30cm離すこと」「30分に1回は目を休めること」などが言われています※1。そういったことが啓発されていけば、保育園や小学校、自宅での過ごし方そのものが変わっていくかもしれない。あるいは、ロートなら薬というカタチでなくても、何かしら、この課題の解決に役立つサービスの提供ができるかもしれない。そんなことを考えていました。
「わかりません」を超えて
──栗原先生は、いつごろから近視に関心を持たれたのですか?
栗原 僕の医局の後輩に、鳥居秀成先生という人がいまして。彼は中学生か高校生のころ、ゲームをやっていたら数日で近視になったという原体験があって、近視の研究をやりたい、とずっと言っていた。ただ、何をどうやったらいいかわからないみたいな状態に、傍からは見えて。それで、当時大学院生だった僕が、自分がやっていた網膜の研究とはまったく関係ないのに、近視研究について何がわかっていて何がわかっていないかをリサーチしてまとめて、彼にプレゼンしたんです。2007年か、そのくらい。だから20年前ですね。そして最後に、当時すでに絶版になっていた近視のバイブルみたいな本を買いまして。当時10万円以上したと思うんですけど、それを彼に託して、僕は留学しました。
──留学先では、どういった研究をされていたんですか?
栗原 4年間サンディエゴにいて、網膜の発生や加齢黄斑変性の発症メカニズムなどを研究していました。近視のことはいったん忘れていました。それで2013年に留学から帰ってきたら、鳥居先生が「近視で、こんなおもしろいファクトを見つけました」と報告してくれたんです。彼が調べたのは、強度近視の患者さんに対して水晶体をとらないで眼内へレンズを入れる手術をベースにした発見でした。強度近視の患者さんは成人後も眼軸長が伸び続けることがあります。そこで、2種類のレンズを使った手術を比べて5年間追跡したら、同じ会社がつくったレンズなのに、術後の近視の進み方が明らかに違う。素材とか収差とか調べていって、唯一違ったのが、透過する光の波長だった。波長の短い紫色の光を通すレンズでは、近視が進んでいなかったんです。当時すでに、オーストラリアのグループが「屋外で過ごしていると近視になりにくい」と報告していました。そことも、理屈に合うんです。外に出れば紫色の光を浴びている。でも室内では、窓ガラスがUVカットになっていて、紫色の光も一緒にカットされてしまう。蛍光灯やLEDも、この紫色の光は出さない。だとしたら、外にあって中にないものって、この紫色の光なんじゃない?と。実際、鳥居先生がヒヨコを使った近視の実験をはじめていて、紫色の光を当てたら近視の進み方が抑えられるところまで突き止めていました。
──しかし、なぜ効くのか、はまだわからない。
栗原 そこなんです。「なぜ」を解くには、状況証拠だけではダメなんです。因果を証明しないといけない。僕がいちばん得意としていた研究手法は、遺伝子改変動物をつくることで、細胞単位で遺伝子を変化させ、病気の仕組みを明らかにしていくこと。まず遺伝子の網羅解析をして、特定のたんぱく質が、紫色の光を当てると活性化する可能性があることを見つけました。さらに、その光をどう受け取っているのか。それを知るにはヒヨコよりも柔軟に遺伝子を操作できるマウスが必要になるのですが、2015年に自分の研究室を持てることになり、苦労のすえマウスの近視モデルができたんです。そこでようやくわかったのが、紫色の光に感受性のある光受容体です。マウスでも紫色の光を当てると近視が抑制されるのですが、その光受容体をノックアウトしたら、紫色の光を当てても近視になってしまったんです。「近視の原因はわかりません」と言われていたことが、ようやくひとつ動いた気がしてうれしかったです。
いっしょだから、できたこと
──お二人の出会いは、どのようなものだったのですか?
青柳 もともと慶應の眼科さんとロートは、コミュニケーションが取れる関係だったんです。どこかでお互いの強みを生かして一緒に組めないか、とよくディスカッションしていました。ちょうど栗原先生が留学から戻ってこられて、近視の研究をしっかり立ち上げていく、というタイミングで「ぜひ一緒にやりませんか」とご提案がありました。2015年くらいだと思います。きっかけは、子どもの近視、学童近視でした。毎年メガネの子が増える、というあの実感とちょうど重なる時期です。
栗原 僕の側から言うと、紫色の光で特定のたんぱく質を活性化して、それが近視の進行抑制に関わっている可能性があるとわかった。でも、一般の方からすると、じゃあ何の役に立つんだ? どうしたらいいんですか、となりますよね。自分の興味も「メカニズムがわかった、すごいね」で終わりではなくて、研究の成果をどうしたら世の中にフィードバックしていけるか、というところにあったんです。
青柳 子どもの近視って、年々進んでいくじゃないですか。10年経ったら、その子たちはもう大人になってしまう。外遊びが大事だとわかっても、子どもは忙しいですし、人によっては、お受験もあったりする。だったら、家のなかで過ごす日常のなかでも、何かやり方はないか、と考えたんです。
──まず、どこからはじめていったのですか?
栗原 まず、その特定のたんぱく質が活性化したら光る細胞をつくることからはじめました。そうすることで、紫色の光を浴びなくても眼軸長の伸長を抑制する成分を効率よく探せる実験環境からつくっていったんです。青柳さんからはさまざまな素材を提供してもらって、とにかく何百回もトライ&エラーを重ねていきました。そうして、ある食品成分を見つけました。
──こうしてうかがうと、素晴らしいサクセスストーリーに聞こえますね。
栗原 後から聞くとそうかもしれないですね。研究の最中は、本当に必死でやって、綱渡りくらいの感じでしたよ。後から見ると「こういう方法だったね」と、一本道を通ってきたように見えるだけですね。
青柳 研究って、いけるかもというときと、あ、無理だったということの繰り返しですよね。当時のチームメンバーは、ほぼ世代が一緒だったんです。みんな目のことにはすごく詳しいのに、自分の子どもがちょっと近視だったり、といったジレンマもありました。似たような課題感を共有していたから、諦めずに頑張れた気がします。成果は、眼科の先生方に向けた学会発表や、子どもを育てているお母さんや学校へ向けても情報提供を継続的に行っています。先生方にも監修をしていただいて、小冊子のような教材をつくり、全国の眼科にも置いていただいています。
“見える”を、未来へ手渡す
──最後に、これから描いていきたい未来をうかがいます。まず青柳さんからお願いします。
青柳 この研究に関わる前は、子どもって基本的には元気で健康なものだ、という常識のなかでやってきたと思うんです。でも、現代の生活のなかでは、子どもが健康でいられなくなる可能性がいろいろと潜んでいる。近視の話も、まさにそのひとつです。ロートが今年はじめた活動のひとつが、「ミルミルノビル」というプロジェクトです。一般の方にお伝えするときには、「病気じゃない環境をつくろう」というよりも、「子どもの可能性をなくさないように、きちんと健康でいられる環境をつくる」という言い方をしていきたいと思っていて。守るだけでなく、育てる。ロートらしいテーマだな、とも思っています。
──具体的には、どのような取り組みなのでしょうか?
青柳 ひとつは「見る」ことの体験を提供する活動です。「ミルミルアイチャレ」は動くものを見たり、目を動かしたり、広く見たり。そうした見え方を、子どもがゲーム感覚で体験できます。その他にも、「こどもまもり目シリーズ」として、すごろくや、紙芝居、カレンダーなどのコンテンツも開発し、眼科の先生方に監修いただきながら提供しています。視力検査は、お子さんが「見える・見えない」に気づく大切な機会です。そのうえで、「見るって面白いな」と子ども自身が思えたら、そこが目に興味を持つ入り口になるのではないか、と考えて取り組んでいます。
──環境を変えることで、子どもたちの未来を変えていけたらいいですね。
青柳 そうなんです。だからこそ、自治体や学校とも一緒に取り組んでいます。愛知県大府市とは「子どもの近視予防プロジェクト」を、大阪府泉大津市とは「こどもMYミライアイプロジェクト」を進めています。大府市の保護者の方に向けたアンケート調査では、9割の方が近視対策の必要性を感じているのに、実際に対策をしているご家庭は5割に届いていませんでした。知ってはいるけれど、何をすればいいかわからない。その隙間を埋めたいんです。授業を受けた子が家に帰って「30分たったから外を見よう」と言い出してくれたらうれしいですね。それが習慣づくりの第一歩だと思います。
──栗原先生ご自身は、これからどんな未来を描いていますか?
栗原 世界でも近視の基礎研究をしているチームはまだそんなに多くないんです。だから何をやっても新しい。掘りしろがあるんです。今いちばん知りたいのは、眼がどうやって「ピントがずれている」ことを感知しているのか。どの細胞が、どういう分子を使ってそのピントのずれを感知して、その情報がどう伝わって、眼球が伸びていくのか。その因子を一つひとつ、全部明らかにしていきたいんです。そして、それが社会に還元できる。それもまた喜びで、その回路が見えるというのは、うれしいですね。
青柳 患者さんや医療の現場を見ていらっしゃるからこそ気づく変化って、すごく大事だなと思うんです。実験室にいるだけではわからない、健康の変化の兆しに常に着目されていらっしゃるんです。
栗原 子どもの近視は、とても大きな課題です。でも、まだ新しい分野だからこそ、これから明らかにできることがたくさんある。「近視の原因はわかりません」と思われていたことにチャレンジをしていく。その一つひとつが、いつか診察室の外にいる子どもたちに届けばと思っています。
青柳 目を守ることは、視力の数字を守ることだけではないと思うんです。その子が見たいものを見て、やりたいことを見つけていく。その可能性を守ること。子どもたちが大人になったときに、「子どものころ、目を大切にしてきてよかった」と自然に思える社会になっていたら。心をひらいて、いろいろな立場の方とつながりながら、研究の種を暮らしのなかで育てて、子どもたちに手渡していく。そんな未来へとつながっていけたらいいですね。
※1 公益社団法人日本眼科医会 子どもの目・啓発コンテンツについて
https://www.gankaikai.or.jp/
本記事で紹介する研究の一部は、ロート製薬と慶應義塾大学との共同研究に基づくものです。