親の不安がやわらげば、子どもの笑顔が増えていく。
つながりで育児に希望を灯す。

てぃ先⽣(現役保育士/育児アドバイザー)
⽥島 由佳(ロート製薬 サステナブル経営推進室所属/保健師)

子どもの少食や偏食は、多くの親御さんにとって小さくない悩みです。「うちの子だけ?」——そんな孤立感をほどく鍵は、“正解探し”ではなく、信頼して待つことと、つながりで支えることにあるのかもしれません。今回、現役保育士・てぃ先生と、ロート製薬の社内起業家支援制度を通して「こども偏食少食ネットワーク協会」を立ち上げた保健師・田島由佳さんが、食の悩みや育児から見えてくる現代社会の課題、そして、大人と子どものあるべき関係性まで、縦横無尽に語り合いました。それぞれの家庭で抱え込まれがちな悩みを社会の関係性へと開き、親も子どもの両方を幸福にする育児論が垣間見えます。二人の視点が重なる場所に、子育ての新しい希望が見えてきます。

てぃ先生現役保育士/育児アドバイザー

「子どもと同じくらい、自分も大切に」をテーマに、保育現場のリアルや子育てのヒントを発信。著書『子どもが幸せになる言葉』『叱らない保育』などがベストセラーに。NHK Eテレ『ハロー!ちびっこモンスター』にも出演し、保育士としての知見を社会へ発信し続けている。

田島 由佳ロート製薬 サステナブル経営推進室所属/保健師

普段は健康管理室で社員の健康をサポートしながら、子どもの偏食に悩んだ自身の経験から、社内起業家支援制度「明日ニハ」を通じて「こども偏食少食ネットワーク協会」を設立。医療・保育・企業・地域をつなぎ、子どもの“食べる”を支える社会づくりを推進している。

【「明日ニハ」の詳細はこちら】

  1. きっかけは、ひとりの親としての「違和感」
  2. 「食べない」を責めない
  3. “正解探し”が親を苦しめる
  4. つながりの力を信じて
  5. 悩みの先に、希望がある

きっかけは、ひとりの親としての
「違和感」

——今日のテーマは「子どもの“食”」。また、子育ての不安や悩みとそれらに寄り添うことについても、率直なお話を伺えればと思っています。さっそくですが、田島さん、ロート製薬に勤めながら「こども偏食少食ネットワーク協会」を立ち上げられた経緯を教えてください。

田島 最初のきっかけは、自分自身の子育てなんです。娘があまり食べてくれない子で。離乳食も進まなくて本当に悩みました。どうにか食べさせようと必死になっていたんですが、ある日、ふと娘の顔を見たら、すごく悲しそうな表情をしていました。あの瞬間、「これは違う」と気づきました。食事の時間が、彼女にとって「しんどい時間」になってしまっていた。それで一度、「無理やり食べさせるのをやめてみよう」と思ったところ、少しずつ、私が食べているのを見たりしながら、自分から手を伸ばすようになったんです。それが原体験ですね。

てぃ先生 とてもわかります。僕も保育園で働いていると、「どうして食べないの?」と悩む親御さんの姿を本当にたくさん見ます。でも必ずしも、「食べない/偏っている=悪いこと」ではないんです。発達や感覚、リズムなど、いろんな要素が関わっている。僕がいつも伝えているのは、「焦らなくて大丈夫」ということ。子どもはちゃんと、自分のペースで食べる力を育てていきます。親が焦って良いことはひとつもないのでは?と思っています。

田島 まさに同じ気持ちです。親の焦りや孤立感を、なんとかしたいと思いました。私は、普段はロート製薬で保健師として働いており、健康管理室で社員やその家族のさまざまな健康相談に乗っています。そこで感じたのが、「子どもの食に関して、切実な悩みを持っている方が多い」という現実でした。私自身も適切な答えを出せない相談も多く、「そもそも社会に相談できる場がない」という根本的な課題に行き着いたんです。そんな時に、ロートで「明日ニハ」という社内ベンチャー制度の募集告知を見て、いま私が立ち上がらなければ、という想いから手を挙げ、「こども偏食少食ネットワーク協会」を立ち上げました。医療・保育・栄養など、子どもに関わる多様な専門家と連携し、相談会や講座を開き、お子さんの少食や偏食に悩む親御さんの受け皿をつくっています。ロートには、現在の事業領域にこだわらずに社会課題の解決に対してチャレンジする社員を後押ししてくれる風土があります。この協会もロートだからはじめることができたと思っています。

「食べない」を責めない

——田島さんが立ち上げたネットワークでも、日々いろんな相談が寄せられていると思います。実際、どんな声が多いのでしょうか?

田島 多いのはやっぱり、「ぜんぜん食べてくれない」「特定のものしか食べない」といった相談です。“偏食”や“少食”と一言で言っても、その背景はそれぞれ違っていて、発達や感覚の特性、経験の少なさ、家庭のリズムなど、いろんな要因が絡んでいます。ただ、共通しているのは、「食べない=悪いこと」と感じてしまって、親が自分を責めてしまうケースが多いことです。「頑張っているのに食べてくれない」「他の子はちゃんと食べているのに…」そう考えて、どんどん苦しくなってしまう。

てぃ先生 保育園でも、「どうして食べないんだろう」って悩んでらっしゃる親御さんがたくさんいます。でも、食べるって行為は、実はすごく感情に近い行動なんですよね。たとえば、大人でもストレスがあると食欲がなくなることってありますよね。それと同じで、子どもも“心が落ち着いていないときは、食べづらい”。だから「どうすれば食べるか」よりも、「どうすれば安心して食卓に座れるか」「どうしたら食事の時間に笑顔でいられるか」を考えることが大切だと思うんです。

田島 そうなんですよね。私は保健師なので、もちろん、栄養や健康の面から見ても考慮すべき場合はあります。けれども、それが“無理に食べさせる”ことにつながってしまってはすべてが台無しになってしまう。あくまで、“強制しない支援”を、どう実現していくかが大事だと思っています。お子さん一人ひとりのペースを尊重しながら、いろんなアイデアで、少しずつ“食べることが楽しい”と思える体験を積み重ねていく。親も焦りを手放して、工夫を楽しみながら信じて待てるように寄り添う、それが結局いちばん大切なんだと思っています。

てぃ先生 子どもの食といえば、僕はよく、「にんじんとヨーグルト」の話をします。たとえば、子どもが、にんじんをなかなか食べてくれないとしますよね。よく親御さんは、「じゃあ、このにんじんを食べたら、好物のヨーグルトを食べてもいいよ」って言っちゃう。これをやってしまうと、子どもはにんじんを“罰ゲーム”のように感じてしまいます。食材そのものへの興味をなくしてしまう典型的なパターン。だから僕は、比較やご褒美で釣らないようにしています。「これ、おいしいね」「シャキシャキしてるね」みたいに、食材そのものや食べる時間を肯定する声かけのほうがずっと大事だと思います。

“正解探し”が親を苦しめる

——親が「子どものため」と思ってする行動が、かえって子育てでいちばん大事なものを見えにくくしてしまうこともあるのかもしれません。子育ての悩みの多くが、親の方が囚われてしまっていることから来ているのかもしれませんね。

てぃ先生 まさにその通りだと思います。いまの時代って、ネットで検索すれば、いろんな育児法や「こうしなければならない」という情報が出てくる。もちろん参考にはなるんですけど、同時に、「究極の正解」があるような錯覚を生んでしまう。みんな、どこかに近道や最適解があるという気になっているのか、即効的な解決策を求めすぎているような気がします。そうなると、どうしても“正解”を子どもに当てはめようとしてしまうんですよね。「こうすればうまくいく」と信じて、つい、子どもを親の思う通りにコントロールしたくなってしまう。けれども、たとえ親であっても、子どもというひとりの人間をコントロールしようとするのは考えものだと思います。

田島 すごくよくわかります。コントロールしようとしないことは、待つことだし、信じること。どこかにある「正解」を子どもに押し付けないことは、子どもをひとりの人間として本当の意味で尊重しているということじゃないかと思っています。うまく食べられない日も、ぐずって進まない日も、その全部が子どもの成長の一部。もっと言うと、人生の一部でもあるんですよね。焦らなくていいし、時間がかかっても大丈夫なんですよね、本当は。

てぃ先生 はい。ただ、そうは言っても、やはり目の前の困りごとでどっしりと構えていられる親御さんも多くないのが実情。僕がYouTubeなどで、いろんな育児をうまく進めていくためのアイデアを発信しているのも、まずはそういった情報で、目の前の日々の育児の悩みを少しでも取り除いてあげられたら、余裕を持って子どもと向き合う時間をつくれるんじゃないかという思いでやっています。現代の親御さんは、本当に忙しいんです。限られた時間の中で、子どもにはなるべく早く言うことを聞いて欲しいと思うのは当然のこと。親が悪いと言いたいのではなくて、環境がそうなってしまっているからこそ、僕たちみたいなサポートが必要だと思っています。

つながりの力を信じて

——お話のなかで、印象的なワードとして、「待つこと」「信じること」という言葉が出てきました。一方で、現代の社会は“待てない”方向にどんどん進んでいるようにも感じます。おふたりは、その背景をどう見ていますか?

てぃ先生 時代の空気としての「タイパ・コスパ思考」の影響も大きいと思っています。最近は何事も「すぐに結果を出す」「効率よくやる」ことが正義みたいな空気があると思うんです。「早く食べられるように」「すぐに寝られるように」「ちゃんとできるように」——親御さんの気持ちがそんなふうに追い立てられている気がします。でも、大前提として、子どもが育つのってそもそも時間のかかるものなんですよ。結果を焦る社会のなかで、そんなあたりまえのことが少し置き去りにされている気がします。

田島 わかります。私はよく、「子育ては、未来の日本を担う人材の育成です」とお話しするんですが、その言葉には、“子育ては社会全体で支えるもの”という想いを込めています。タイパ・コスパで常にみんなが競争するのではなく、つながり、支え合うことができる社会。そして、待つこと、信じることができる余裕のある社会。そんな社会になっていってほしいと切に願っています。

てぃ先生 僕も17年間、保育の現場にいて強く感じているのは、子育ては親と保育士だけの仕事ではない、ということです。社会全体が子育て・保育にもっと関心を持ってほしいと常々思っています。まさに、「子どもたちは、未来の社会の担い手」ですからね。

田島 私が立ち上げた「こども偏食少食ネットワーク協会」も、まさにそんな“つながり”や“支え合い”を形にしたいという思いから生まれました。保健師や栄養士、保育士などが連携して、「これは発達の段階として自然なことなのか」「医療的なサポートが必要なのか」を一緒に考える。親御さんが安心して立ち止まれる場所を用意することが、私たちの役割だと思っています。そして、なにより、親の不安がやわらぐということは、その先で、子どももまた、解放されている、笑顔になっている、ということ。子育てのネットワークは、不安な親御さんを支えるためだけにとどまらず、次の社会の担い手である子どもたちを幸せにするためのものだと思っています。

悩みの先に、希望がある

——「こども偏食少食ネットワーク協会」の活動を続ける中で、印象に残っている出来事はありますか?

田島 最近、とても嬉しかったことがありました。ある日、偶然お子さんがまったく食べてくれないと悩んでいる三重県のお母さんから相談を受けたんです。三重県では、これまで「子どもの“食べる”に特化した専門外来」が存在せず、誰に相談しても理解してもらえなかったそうです。ちょうど、私たちの講座を受けてくださっていたドクターの中に、三重県の病院に勤めている方がいて、「あの先生なら」と思い立ち、すぐに連絡をしました。最初は「いま外来はやっていない」と言われたのですが、そのわずか3日後に「田島さん、子どもの食の専門外来をつくります。そのお母さんにお伝えください」と言ってくださったんです。受診後、そのお母さんが「誰にもわかってもらえなかったことを全部聞いてもらえて、久しぶりに笑えました」と話してくれました。その話を聞いて、胸がいっぱいになりました。お母さんが笑顔を取り戻せたということは、子どもたちも笑顔で安心して食べる時間を取り戻したということ。私たちのつながりが新しい受け皿を生むきっかけになり、ひとつの家庭を笑顔にできた。そのことに、この活動の意味をあらためて実感しました。

——素晴らしいエピソードですね。おふたりのお話を聞いていると、子育てそのもののあり方について、たいへん示唆に富んだメッセージになっていると感じます。あらためて、現在の活動の延長線上で、今後どのような青写真を描いているか、お聞かせください。

田島 「こども偏食少食ネットワーク協会」のビジョンは、どこに住んでいても、子どもの食で悩んだら相談できる場所があり、しかるべきサポートが受けられる社会を実現していくことです。これは、ロートで保健師として働く中で大切にしてきた、「人の健康を支え、心の不安をやわらげることで、より健やかな環境をつくる」という想いの延長線上にあります。「人が健康でいられる環境をつくる」という活動のフィールドを、社内から地域へ、そして社会全体へと広げていくことはとてもやりがいのある挑戦だと思っています。

——てぃ先生はいかがでしょうか?

てぃ先生 そうですね……。あくまで極論ではありますが、「親は、ただただ自分の子どもを可愛がっていればいいだけの世界をつくれないか?」、最近はそんなことを考えています。成長に必要な教育やしつけなどは専門家が責任を持って担当することで、親御さんが心配や不安や焦りなどに囚われず、100%の愛情で子どもに接することができる。もちろん全員がそうならなくてもよいのですが、そんな形が一つの選択肢としてあってもよいのではないか?と夢想しています。忙しいからこそ余裕がなくなってしまう、情報過多で自分を追い詰めてしまう、そんな環境にある今の時代に、僕は保育士として、自分たちの専門性や経験を活かして、少しでも“心の余裕”を届けたいと思っています。そのためにはまず、育児がちょっとでも楽になるような情報を広げることがその足がかりになるはず。そんな思いでメディアやSNSの発信に取り組んでいるんです。

田島 素敵ですね。親が笑顔でいられること。それが、子どもにとってもいちばんの安心なんですよね。だからこそ、親御さんの悩みに寄り添い、心の余裕を届けていくことが大事ですよね。親の不安がやわらげば、子どもは自然と笑顔になる。そんな小さな幸せの循環が、社会全体を少しずつ明るくしていくんじゃないかなと思いました。つながり、支え合う仕組みをつくることで、この社会で笑顔でいられる人がひとりでも増えていけばうれしいですね。

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