「女性の問題」から「みんなの課題」へ。
「声なき痛み」にサイエンスで光を当てていく。
甲村 弘子(こうむら女性クリニック院長/産婦人科医)
松本 夏子(ロート製薬 内服・機能性食品製品開発部)
有田 治正(ロート製薬 知財・ライセンス戦略部 共創推進マネージャー)
月経痛は、多くの女性が経験しうる身近な不調でありながら、いまなお「我慢するもの」として見過ごされてしまうことがあります。今回、ロート製薬が取り組んだのは、主観に頼りがちだった“痛み”を、受診や対話につなげるための客観的な指標を開発していく挑戦でした。本記事では、40年以上にわたり臨床の最前線で女性たちの困りごとに向き合ってきた産婦人科医・甲村先生をゲストに迎え、ロート製薬からは、プロジェクト担当者としての課題意識を起点に研究を進めてきた松本、そして、女性だけの問題から社会の課題へと橋渡ししていく役割を担った有田が参加。鼎談を通して、本テーマを深掘りしていきます。見えてきたのは、女性の健康課題を“個人の悩み”にとどめず、職場や社会のコミュニケーション、そして誰もが働きやすい環境づくりへとつなげていく、そんなまなざしの大切さです。「知ること」から「支え合えること」へ。社会を一歩前へ進めていくヒントを、対話を通してひもといていきます。

甲村 弘子こうむら女性クリニック院長/産婦人科医
大阪大学医学部卒業後、同大学産婦人科助手、ドイツ・マックスプランク研究所留学等を経て、平成27年に「こうむら女性クリニック」を開設。臨床の最前線で40年以上にわたり、当事者の「言葉にならないつらさ」に向き合い続けてきた。患者一人ひとりの状況や意向に寄り添い、その人に合った選択肢をともに考える診療を大切にしている。

松本 夏子ロート製薬 内服・機能性食品製品開発部
女性の健康課題に関する研究に従事。主観に頼らざるを得なかった月経の痛みを可視化し、自らの状態を認識し向き合うきっかけを生み出すことで、適切な受診へとつなげるための客観的指標の開発を主導。

有田 治正ロート製薬 知財・ライセンス戦略部 共創推進マネージャー
事業・技術・共創に関わる立場から、女性の健康領域の取り組みに参画。ロートが長く積み重ねてきた女性の健康への向き合い方をふまえながら、“非当事者”の視点でプロジェクトに示唆を与えている。プライベートでは、3人の娘の父親として奮闘中。
女性の健康に向き合い続けること
——まずはじめに、ロートとして、女性の健康とどう向き合ってきたのか。そのあたりから、お伺いしていければと思います。松本さんは、ロートのこれまでの歩みという観点でいうと、どんな印象がありますか?
松本 やっぱり象徴的なのは、妊娠検査薬や排卵日検査薬の導入かと思います。私が入社する前の取り組みではありますが、会社の歴史を知る中で、とても大きな意味のある挑戦だと感じました。時代背景的に、いま以上にセンシティブなテーマで、企業として取り組むハードルは高かったはず。それでも、時間をかけて一歩一歩やってきた。“誰もやっていないからやらない”ではなく、“困っている人がいるなら、どう届けられるかを考える”という姿勢がロートらしさなのかなと思っています。
——実態としても、ロートは、女性社員の数が多くて、みなさん、すごく軽やかに働いている印象があります。
有田 社内にいると、あんまり意識しないですけど、たしかに言われてみるとそうかもしれないですね。産休・育休も制度としてしっかりと根付いていますし、復帰してバリバリ働いている人も多いです。“特別なこと”として扱う感じが、比較的少ないのかなとは思います。
松本 女性の先輩も多いので、「ちょっと今日しんどいかも」とか、「それ分かるよ」とか、そういう会話ができる相手がいる安心感は大きいです。制度があることももちろん大事ですが、「言える空気」があることって、おなじくらい大切だと思います。だからこそ、今回のテーマも、研究開発の話だけにとどまらず、会社としてどう考えるのか、という話につながっていくんだと思います。
——ありがとうございます。甲村先生は、医師の視点で、ロートの女性の健康への向き合い方について、どうお考えかですか?
甲村 ロートさんは、以前から女性の健康にすごく気を使っておられる会社だな、という印象があります。女性向け製品のことだけじゃなくて、働いている女性の声をしっかりと拾っていこうという姿勢が印象的です。月経のことも、妊娠のことも、更年期のことも、健康診断だけではなかなか見つかりにくい困りごとがあります。そこもしっかりと考えていこうという本気を感じます。
有田 ロートが女性の健康に向き合ってきた背景には、製品の歴史だけでなく、見えにくい困りごとに目を向けていきたいという姿勢や、言葉にしやすい空気づくりがあったんだと思います。そこが、今回のプロジェクトの土台にもなっている気がしますね。
見えない場所で泣いている人を
減らしたい
——「見えにくい困りごとに向き合う」というのは、たしかにロートらしさが表れているキーワードですね。
松本 そうですね。たとえば、妊娠検査薬などにしても、当時は「病院でわかるものを、家庭で?」という見え方もあったかもしれない。でも、病院に行く前の不安とか、相談しにくさとか、そういう“手前の困りごと”って、実はすごく大きいと思うんです。そこに対して、少しでも一人ひとりの安心につながるものを届けようとしてきたんじゃないかと思います。
——その延長線上に、今回の「月経の痛みや困りごとの見える化」というテーマもあるということですね。
松本 はい、まさに。今回のテーマに関していうと、月経痛は、多くの人が経験するものだからこそ、逆に「みんなあるものだし」と思って、我慢してしまいやすいところがあると思うんです。私もまさにそうで、痛みを感じながらも、比べるすべがなく、「この程度はしかたがないと思って、ずっと放置してしていました。そういう方も多いのではないかと思います。それぞれが我慢して、「病院に行った方が良い」との考えに至れずに過ごしてしまう。結果的に、受診すべきタイミングを逃してしまうこともあると思います。
——甲村先生にお伺いしたいのですが、いまの松本さんのお話は、臨床の現場での実感としてはいかがでしょう。
甲村 月経にまつわる困りごと自体は、かなり多くの方が抱えておられると思います。けれど、その中で実際に病院に来られる方は一部です。相当つらくても我慢しておられる方も、たくさんいらっしゃるのが実情です。実は、病院に来る一歩手前のところに、すごく大きなボリュームゾーンがある。そこにどうアプローチできるかは、とても大事だと思います。「まだ受診するほどではないかも」と思っている方の中にも、早めに相談したほうがいいケースはありますし、逆に、まずは安心して様子を見てもいいケースもあります。いずれにしても、まず自分の状態を知ることが大事なんです。
——松本さんが感じていた想いと甲村先生が現場で見てこられた現実が重なる部分が大きいですね。
松本 そうですね。病院に行けている人だけを見て終わり、ではなくて、その前の段階で何かできないか、というのはずっと考えていました。「困っているのに、相談先にたどり着けていない人」がいる。その人たちにどう届くかは、研究のテーマでもあるし、ロートとして向き合う意味があるところだと思っています。
有田 男性の立場からすると、痛みそのものはやはり実感としてわからない部分が大きい。でも、だからこそ、社会として、見えないままにしない工夫が必要なんだろうなと思います。本人の中だけで抱え込んでしまうと、家族も職場も気づけない。結果として、そのつらさが“なかったこと”のように扱われてしまう。見えない困りごとを、どう見える化して社会の中で扱えるようにしていくかというのが大切なポイントだと思います。
「声なき痛み」に光を当てる
——では、いよいよ、今回の「痛みや困りごとの見える化指標」についてくわしくお伺いしていければと思います。
松本 はい。今回、私たちが目指したのは、まず、受診や対話につなげるための入口をつくることでした。月経痛って、どうしても主観的なものなので、本人の中ではつらくても、周囲には伝わりにくいですし、本人自身も「どのくらい受診が必要な状態なのか」を判断しづらいところがあると思うんです。
——具体的には、どのように開発を進めていかれたのでしょうか。
松本 月経痛や月経時の状況に関するアンケートを盛り込んだ観察研究を実施し、既存 の月経困難症に関する指標やスコアも参考にしながら、社内で独自に重要な役割を果たす質問項目を検討していきました。実際に診断を受けている方とそうでない方で、どういう差が出るのかを見ながら、受診のきっかけにつながるポイントを注意深く探っていきました。
——甲村先生にお伺いします。臨床の現場から見て、こういった取り組みの価値を教えていただけますか?
甲村 とても意義のあることだと思います。月経困難症といっても、背景は一人ひとり違いますし、同じような症状に見えても、必要な対応は同じとは限りません。だから、この指標を診断そのものとして使うというより、まず自分の状態を知って、必要なら相談につなげるためのものとして捉えるのが大事ですね。本来、診察を受けるべき人がなんとなく我慢してしまって、おおごとになってしまうようなことが減らせると良いですね。
松本 はい。私たちとしても、そこを目指していました。月経痛を「我慢するもの」として流してしまうのではなくて、「一度相談してみようかな」と思える人が増える。そのきっかけになれたら、すごく意味があると思っています。
有田 そして、その“きっかけ”があることで、本人だけじゃなくて、周囲も関わりやすくなると思うんです。見えないままだと、どうしても「わからない」で止まってしまうので。まずは知ること、話せること。その第一歩として、こういった指標の社会的役割は大きいと感じています。
病気よりも、人をみる
——ここまでのお話で、今回の「痛みや困りごとの見える化指標」が、受診や対話につなげるための“入口”として設計されていることがよくわかりました。一方で、同じような症状に見えても、背景や必要な対応は一人ひとり違う、というお話もありました。甲村先生は、日々の診療のなかで、どんなことを大切にされているのでしょうか。
甲村 そうですね。やはり、同じ「月経痛」「月経困難症」といっても、本当に一人ひとり違うんです。症状の出方も違いますし、その方が置かれている状況も違います。なので、病名だけを見て「この治療です」と一律に決められるものではない、というのは常にあります。もちろん、病気をきちんと診ることは前提として大事です。ですが、それだけでは十分ではなくて、その方が何に困っているのか、どうしたいと思っておられるのか、生活のなかで何が負担になっているのか、そういうところまで見ていかないと、その人に合った選択にはなりにくいんですね。
——“正解”を導き出すということよりも、その方にとって納得できる選択肢を一緒に考えていく、ということなんですね。
甲村 もちろん、医学的に見て「こうしていくのがセオリー」というのはあります。でも実際は、年齢やライフステージ、仕事の状況、ご本人の希望によって、選びたい対応は変わってきます。すぐに症状を抑えることを優先したい方もいれば、まずは生活の中でできることから整えていきたい方もおられます。ですから、ご本人が何に困っていて、どうしたいのかを聞きながら、一緒に考えることが大事だと思っています。
——今のお話を伺っていると、今回、ロートが取り組んだ「痛みや困りごとの見える化指標」も、一人ひとりが自分の状態を把握して、対話や選択につなげるためのもの、という意味で、根っこの部分が重なっているように感じます。
有田 甲村先生の「病気だけをみるのではなく、人をみる」というスタンスは、あらためて、ロートがずっと大事にしてきた考え方とも近いと感じました。症状だけをみるのではなく、困っている人をみる。そして、その困りごとに対して、いろんな手段で向き合っていこうとする。そのロートが大切にしている基本的な姿勢は、甲村先生のお考えや診療のスタイルとも、重なるものがあると思います。
「知る」からこそ「支え合える」
——ここまでのお話を通して、今回のプロジェクトの概要がとてもよく理解できました。今回の成果を実際に社会に実装していくためには、どのようにしていくのが良いとお考えですか?
松本 社会実装は、まさにこれからだと思っています。今回の指標も、作って終わりではなくて、どう活用されるかが大事だと考えています。たとえば、なんらかのアプリの中で自分の状態を振り返れるようにすることも一つですし、毎年の健康診断の問診の中に組み込んでいく、というカタチもあるかと思います。
有田 社会実装という観点では、しっかりとビジネスに繋げていくという視点も忘れずにいたいです。ビジネスとして回り出すことで、はじめてサスティナブルな取り組みになるという側面もあります。価値ある取り組みだからこそ、ロートとして、持続可能性を意識したビジネスやシステムの設計がこれからの課題だと考えています。まずはとにかくロートの社内でやってみる、というのも、ひとつのやり方かもしれません。たとえば社内の健康診断や問診の中で試してみて、どういう形なら使いやすいのか、どういう声が出るのかを見ていく。そして、そこでのフィードバックを社会実装に生かしていくことも考えられると思います。
——最後にみなさんの今後のビジョンや青写真についてお伺いできればと思います。松本さん、いかがでしょうか?
松本 私は、女性も男性も、みんなが元気に働ける社会になってほしいと思っています。いまは以前より、性別で分けて考えすぎない空気も広がってきた一方で、身体の違いから生まれる不安や困りごとまで“なかったこと”にしてはいけないとも感じています。ウェルビーイングの基盤でもある身体の健康について、もっとみなさんが自覚的になれるようなきっかけを、社会の中に増やしていけたらと思います。
——ありがとうございます。有田さんは、いかがでしょうか?
有田 私は、体調に合わせて堂々と休んだり、働き方を調整したりできる社会になるといいなと思っています。たとえば「今日はかなりつらい状態だから休もう」「このくらいなら在宅にしよう」といった判断が、本人の感覚だけに委ねられすぎず、周囲とも共有しやすくなるといい。その意味でも、今回の指標にとても可能性を感じています。
——最後に、甲村先生から、ひとことお願いします。
甲村 私は、産婦人科医として長く女性の健康に向き合ってきましたので、月経のことにこうして注目が集まるのは、とてもうれしいことです。妊活や更年期などに注目があたりがちですが、それもすべて月経という身体のリズムと一本につながる話だと思っています。ですから、今回のロートさんの取り組みは画期的だと思いますし、これをきっかけに、社会的にももっと関心が広がっていけばいいですね。社会や企業が理解を深めて、女性が働きやすい環境を整えていくことは、結果的に企業にとっても大きな価値になるはずです。女性が働くことが当たり前になった今だからこそ、そうした視点は今後ますます大切になっていくと思います。