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次世代シーケンスデータ解析による研究成果。皮膚におけるアラントインのエストロゲン様作用を発見

研究開発

次世代シーケンスデータ解析による研究成果 皮膚におけるアラントインのエストロゲン様作用を発見 次世代シーケンスデータ解析による研究成果。皮膚におけるアラントインのエストロゲン様作用を発見

2023年11月1日

ロート製薬株式会社(本社:大阪市、社長:杉本雅史)は、製薬会社ならではの知見を応用して、有効性とメカニズムを追求するエビデンスに基づいた研究開発を進めています。今回、研究拠点ロートリサーチビレッジ京都にてアラントイン※1の機能として抗炎症に留まらない作用を探求するなかで、次世代シーケンスデータ※2解析により皮膚表皮細胞におけるエストロゲン様の作用を発見しました。本研究内容は特許出願中です。

研究成果のポイント

  • アラントインが、エピジェネティック※3な制御を介してエストロゲン受容体をコードする遺伝子であるエストロゲンレセプター1(ESR1)の転写因子※4としての働きを活性化し、ヒト表皮角化細胞のターンオーバーに関連する遺伝子の発現を上げる
  • アラントインは皮膚細胞において、エストロゲン様に作用することで肌のホルモンバランスを整える

研究の背景

ニキビは、肌の皮脂分泌過剰や表皮の角化異常など、さまざまな因子により炎症が生ずる症状であり、ストレスや生活習慣、ホルモンバランスなど様々な要因によって起こる皮膚疾患です。当社はこれまでに、あらゆるターゲットに向けたスキンケア製品・治療薬を発売に向けて、様々なニキビ研究を行ってまいりました。今回は、抗炎症や創傷治癒の有効成分として当社の製品にも使用されているアラントインの、ニキビに対する新たな機能の発見に向け、次世代シーケンスデータ※2解析による研究を行いました。これにより、より網羅的なアラントインの機能解明を目指しました。

結果

(1)アラントインはエストロゲン様の働きをもつ

表皮角化細胞において、アラントインの添加の有無によりどのような遺伝子の発現が変化しているのかを調べるために、次世代シーケンスデータ解析によってRNAの発現量を網羅的に解析しました。その結果、アラントインの添加によって発現が上昇する遺伝子は、表皮角化細胞の角化等に関連することを確認しました。表皮細胞の角化とは、肌の最外層である表皮に存在する細胞が順序だって分裂・成熟し、最終的に硬くて耐久性のある角質層となるプロセスのこと、つまりは表皮細胞におけるターンオーバーを指します。この結果より、アラントインが表皮細胞の角化誘導により肌のターンオーバーを促進することが示唆されました。

図1:アラントインによって発現が有意に上昇した遺伝子とその生物学的機能

<試験方法>
正常ヒト表皮角化細胞に、ニキビを模倣するための炎症惹起剤添加とアラントイン添加を行い、RNAシーケンス※5解析を行った。すべての遺伝子のうち、アラントインの有無により発現量が変動した遺伝子を調べた。このうち、発現量が有意に上昇した遺伝子の機能を調べるためにGO(Gene Ontology)解析※6を行った。(ロート研究所実施)

(2)アラントインによる表皮細胞の角化は、エストロゲン受容体によって制御される

アラントインによるヒト表皮角化細胞の角化がどのような制御によって誘導されるのかを調べるために、アラントイン添加によって発現が有意に上昇した遺伝子の発現を制御する転写因子※4を調べました。その結果、これらの遺伝子の発現の一部が、エストロゲン受容体をコードする遺伝子であるESR1によって制御されていることが確認されました。エストロゲン受容体は細胞外から運ばれてきたエストロゲンを受容し、転写因子※4として様々な遺伝子の発現を調節する機能を持ちます。エストロゲンは女性ホルモンの一種であり、皮膚の状態を整える役割があることが知られており、この結果から、アラントインが表皮角化細胞においてエストロゲン様の活性を介して肌のターンオーバーを促進する働きを持つことが示唆されました。

図2:細胞内でのESR1のはたらき

<試験方法>
アラントイン添加無条件と比較してアラントイン添加有条件で発現量が変動した遺伝子を用いて、特定の遺伝子セットにおける転写調節因子予測を行った。(ロート研究所実施)

(3)アラントインはエピジェネティックな制御を介してエストロゲン受容体の転写活性を誘導する

表皮角化細胞に対してアラントインがESR1の活性化どのように制御しているのかを調べるために、ATAC(Assay for Transposase-Accessible Chromatin)シーケンスデータ※7を用いて、アラントイン添加の有無によりESR1のクロマチン構造の変化を調べました。その結果、アラントインの添加によってESR1の一部の遺伝子領域のクロマチンが開くことが明らかになりました。このことから、アラントインはESR1に対してエピジェネティックな制御を行っていることが明らかになりました。

図3:アラントイン添加による、ATACシーケンス結果におけるピークの変化

<試験方法>
正常ヒト表皮角化細胞に、ニキビを模倣するための炎症惹起剤添加とアラントイン添加を行った。これらの細胞におけるクロマチン構造の変化を調べるため、ATACシーケンス※1解析を行った。(ロート研究所実施)

考察

本研究成果により、アラントインが皮膚表皮細胞においてエピジェネティックな制御を介してエストロゲン様に活性することで皮膚の角化を促進することが明らかになりました。これにより、アラントインは月経周期や妊娠などの期間においてホルモンバランスが崩れた際のターンオーバーを正常に整え、ニキビの悪化を防ぐはたらきをもつ可能性があります。

図4:アラントインによるエストロゲン様活性とその機能の概要

今後の展望

本研究では、次世代シーケンス解析によりアラントインが女性ホルモン様の活性を通して肌のターンオーバーを促進することが明らかになりました。今後も、このようなデータ駆動的なメカニズム解明を行うことで新知見の提供を続けていき、エビデンスに基づいた製品やサービスの研究開発を継続してまいります。

用語説明

※1:アラントイン
抗炎症作用と表皮角化細胞増殖による細胞賦活作用をもつ成分です。

※2:次世代シーケンスデータ
次世代シーケンサーと呼ばれる装置を用いて得られる遺伝情報のことを指します。これは、従来のシーケンス法と比べて大規模かつ高速にDNAやRNAの配列情報を読み取ることが可能で、その結果得られる大量のデータのことを指します。このデータは、遺伝子の解析や疾患の研究などに利用されます。

※3:エピジェネティクス
遺伝子の塩基配列自体は変わらないが、その遺伝子が活動するかどうかを制御する機構を指します。これは環境や生活習慣などにより変化し、これにより同じ遺伝子でもその制御が変わることがあります。

※4:転写因子
遺伝子の転写(DNAがRNAに変換される過程)を制御するためのタンパク質です。特定の遺伝子上の特定の位置に結合し、遺伝子の発現を精密に制御します。

※5:RNAシーケンス
RNAシーケンスとは、特定の細胞や組織でどの遺伝子がどの程度活発に働いているか(遺伝子発現)を調べるための手法です。これはRNAの配列情報を読み取ることで、活性化している遺伝子の特定や量を測定します。

※6:Gene Ontology解析
遺伝子や遺伝子産物が持つ生物学的プロセス、細胞内部での位置、分子機能といった属性を系統的に分類し、解析する手法のことを指します。これにより、大量の遺伝子データから、特定の生物学的機能やプロセスに関連する遺伝子群を見つけることができます。

※7:ATACシーケンス
ATACシーケンスは、クロマチン(DNAと結合しているタンパク質)がどの部分が開放的、つまり遺伝子が活性化しやすい状態になっているかを調べる手法です。これにより、特定の細胞でどの遺伝子が働きやすいかを解析することが可能です