嚥下機能に不安がある方をはじめ高齢者や小児の服用安全性向上に貢献
口腔内崩壊錠の嚥下性に関する新たな評価方法を開発
~静岡県立大学とロート製薬グループのクオリテックファーマの共同研究成果~
2025年5月26日
ロート製薬株式会社(本社:大阪市、社長:杉本雅史)のグループ会社であるクオリテックファーマ株式会社(本社:東京都港区、社長:山本展裕)は、ロートグループの総合経営ビジョン 2030「Connect for Well-being」の実現に向けて、内服薬の服用性向上に関する研究を進めています。この度、静岡県立大学(所在地:静岡市、学長:今井康之)薬学部 創剤科学分野 近藤啓教授との共同研究において、口腔内崩壊錠※1(以下OD錠)やその構成成分についての易嚥下性を効率的に評価する方法を開発しました。
この新技術により、易嚥下性に繋がる製剤処方の情報が明らかとなり、嚥下機能に不安のある患者さん、お客様にも服用していただきやすい内服製剤開発につながると考えられます。本研究成果については、特許を出願しており、2025年5月22日~24日開催の日本薬剤学会第40年会において発表を行いました。
研究成果のポイント
- 製剤の易嚥下性を向上させる成分を効率的に選択できる新しい製剤技術
- 官能評価に拠らない定量的な易嚥下性評価を開発
- OD錠の処方設計への応用展開へ
研究の背景
OD錠は一般的には服用しやすい剤形としてよく知られていますが、嚥下困難な患者さんにとっては効果が限定的であり、また、嚥下補助剤の使用には別途準備が必要で経済的負担や、介助者の作業的負担が伴います。更に、錠剤の崩壊性と硬度はトレードオフの関係にあり、同時に両者をより良い条件にすることは難しく、製剤設計は容易ではありません。これらの課題を解決し、OD錠に更なる易嚥下性機能を付与することで、服薬アドヒアランス※2の向上が期待されます。しかし、OD錠を構成する粉体特性と嚥下性との関連については充分な情報がなく、画期的な製剤技術の開発が求められていました。本研究では、OD錠が口腔内で崩壊した際に形成される湿潤混合粉体の状態に着目し、動的粘弾性※3及びテクスチャー※4を評価し、易嚥下性を向上させる成分を効率的に選択できる製剤技術の開発を目指しました。
結果及び考察
OD錠用プレミックス型添加剤の動的粘弾性及びテクスチャーを評価
OD錠に汎用される次の2つのプレミックス型添加剤について、加水により形態変化した湿潤混合粉体の、動的粘弾性及びテクスチャーを評価しました。
- 添加剤A(D-マンニトール、クロスポビドン、ポリ酢酸ビニル、ポビドン、以下pmA)
- 添加剤B(D-マンニトール、結晶セルロース、クロスポビドン、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、キシリトール、以下pmB)
全体に水が行き渡り、力を受けたときに亀裂を生じず、変形する状態(しっとりしている状態)を可塑限界(PL)、粉体間に水が満たされている状態(ベタベタしている状態)を液化限界(LL)と呼びます。
OD錠においては、PLは崩壊開始時点、LLは崩壊終了(嚥下開始)時点と考えられています。
動的粘弾性は、ある周波数で試料に刺激を加えた場合の応答を観測し、弾性(固体)的性質を反映する貯蔵弾性率(G')、粘性(液体)的性質を反映する損失弾性率(G")、損失正接(tanδ、G'に対するG"の比)等を用いて表すことができます(図1)。
図1:湿潤混合粉体の形態変化と動的粘弾性測定
pmAとpmBの動的粘弾性は、大きく異なることがわかりました。このことから、湿潤混合粉体の動的粘弾性を測定することにより、錠剤を構成する添加剤の特性を明らかにすることができ、差別化や易嚥下性に適した添加剤の選定、評価に役立つことが示されました(図2)。→解説1
図2:pmA及びpmBの動的粘弾性測定
テクスチャーは、食品開発において、食感を評価する有用な測定法として知られていますが、医薬品の服用感評価への適用については限定的です。特に、口腔内崩壊錠の嚥下性についての研究は見当たりません。
テクスチャー測定では、最大荷重、凝集性、付着性の3つのパラメーターが得られますが、口腔内崩壊錠の嚥下においては、凝集性が重要となります(図3)。
図3:テクスチャー測定での評価項目
添加剤Xを2%加えることで、凝集性が大きく変化し、嚥下時にまとまり易くなることが示されました(図4)。→解説2
図4:pmA及びpmBのテクスチャー(凝集性)測定
今回、動的粘弾性測定とテクスチャー測定を組み合わせることで、添加剤の特性や易嚥下性を効率的に評価、選択できる手法を確立しました。
この新技術をもとに、現在、様々な薬効成分や賦形剤を加えた検討が進み、OD錠の処方設計に有用な知見を獲得するとともに、更なる製剤技術の向上に努めています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、下記の通り多方面への貢献が期待できると考えています。
- 医薬品、特にOD錠の製剤設計の効率化
- 嚥下困難者の服薬アドヒアランスの向上、延いてはQOLの向上
- 医薬品以外の食品やサプリメントへの応用展開
解説1:動的粘弾性測定
G"よりもG'が大きければ、弾性優位(固体っぽい)の特性を示します。また、tanδが大きくなれば、粘性(液体)の寄与が大きくなります。
今回の測定結果(図2)を見ると、pmAはPL、LL何れもG'の方がG"よりも大きいですが、その差は小さいものでした。PLとLLの比較では、G'、G"いずれもPLの方が100倍以上大きな値を示しました。tanδは1Hz以上の高周波領域でPLに比べLLの方が大きくなりました。PLからLLへと液添加量が増えることによって湿潤混合粉体が軟らかくなり、粘性成分が優位となり変形し易くなったと考えられます。一方、pmBでも、PL、LL何れもG'の方がG"よりも大きいですが、その差はpmAに比べると大きいものでした。また、tanδにはPLとLLで差はみられませんでした。pmBには水に不溶な結晶セルロースが含まれ、液添加量が増えても結晶セルロースが形状を維持するために弾性成分が優位のままになっているためと考えられます。
解説2:テクスチャー測定
凝集性は、嚥下時のまとまり易さを表し、凝集性が高ければ嚥下時にばらばらにならないことを意味します。水はまとまらないため、嚥下時に咽てしまうこともあり、まとまりがある方が易嚥下に繋がることは想像に難くないと思います。今回の測定結果(図4)より、pmAとpmBの凝集性は、PL、LL何れにおいても同程度でした。これらに添加剤Xを2%含有させると、pmAとpmBの凝集性は、PL、LL何れにおいても上昇しました。PLでは上昇割合は僅かでしたが、LLでは何れも3倍程度上昇しました。PLは口腔内で錠剤の崩壊開始時点、LLは崩壊終了(嚥下開始)時点を想定すると、添加剤Xを加えることで、嚥下時に湿潤混合粉体がまとまった状態になることが考えられます。
用語説明
※1 口腔内崩壊錠(OD錠):原薬、賦形剤、結合剤、崩壊剤、被覆剤等で構成され、30秒以内に崩壊する様製剤学的に設計された製剤。
※2 服薬アドヒアランス:患者が治療を理解し協力して服薬に努めること。指示に従う受身的なコンプライアンスに対し、主体性、積極性の概念を含む。
※3 動的粘弾性:試料に力を加えて変形させた際に、試料が示す粘性と弾性の特性。
※4 テクスチャー:試料の質感を表現するための要素。かたさ、付着性、凝集性等が用いられる。
クオリテックファーマ株式会社の会社概要
クオリテックファーマ(株)は、2007年にロート製薬(株)のグループ会社となった目黒化工(株)を前身とし、2014年に現在の社名へと変更しました。以来、CMO(医薬品製造受託機関)からCDMO(医薬品開発・製造受託機関)への事業展開を進め、2022年にはCMC開発センター・掛川ラボを完工。これにより、医薬品製造における品質課題の解決支援や製剤開発への対応力を強化しています。
また、一層の開発力の向上を目指し、アカデミアとの共同研究や自社技術開発にも積極的に取り組んでいます。クオリテックファーマは、医薬品開発におけるトータルソリューションを提供する企業として、日々進化を続けています。